海月による東紀州からの情報発信~ぜひ遊びにきてい~
by kurage874
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カテゴリ
プロフィール
■ブログネーム
 海月(くらげ)

■本名
 端無 徹也
 (はなしてつや)

■棲んでいる所
 熊野市飛鳥町佐渡874-1

■やっていること
キタガワノホトリ
 東紀州市民活動支援センター
 尾鷲市北浦町1-8
・付属施設
 ・CReAM(クリーム)
  コミュニティカフェレスト
  (レンタル)
  日替りコックさんのランチ
  1日店長のお店
 ・ヤキヤマロック
  (レンタル)
  ボルダリングスタジオ
 ・二瓶窯
  (レンタル)
  石窯
 ・アトリエウミノハタ
  (テナントスペース)
   プロジェクトCReAM様
   ステキ工房オワセ様
 ・スギノハコ
  (チャレンジショップ)
   サロンHASU様
 ・CO-DO(コドウ)
  (レンタル)
  ギャラリースペース
 ・音楽室
  (レンタル)
  音楽スタジオ
 ・名称検討中
  (クラフトスペース)
   PureMarin様

・キタガワマーケット
  毎月第3日曜日
  9時半~16時半
☆告知
  出店者募集

 営業日
  平日 9時半~16時半

 TEL:0597-22-5554
 FAX:0597-22-5554
 mail:hcd.secretariat@gmail.com
 駐車場有、トイレあり

◆(特非)みえNPOネットワークセンター
 中間支援組織の集合体
☆役職
 理事

東紀州コミュニティデザイン
 中間支援組織
  コミュニティカフェ事業部
  キタガワノホトリ事業部
  中間支援事業部
  防災・減災事業部
 尾鷲市北浦町1-8
  キタガワノホトリ内
 TEL:0597-22-5554
 TEL:080-2627-2080
 FAX:0597-22-5554
 mail:hcd.secretariat@gmail.com
☆役職
 事務局長
☆職員
 1名雇用中、1名募集中
☆告知
 支援者・支援金募集中

一般社団法人熊野レストレーション
 森林里山保全ボランティア
 テクニカル災害支援
  森林里山保全事業
  森林レクレーション事業
  中山間支援事業
  DRT事業
  非公認の山岳部
 尾鷲市北浦町1-8
  キタガワノホトリ内
 TEL:0597-22-5554
 FAX:0597-22-5554
 mail:hcd.secretariat@gmail.com
☆役職
 代表
☆告知
 会員・賛助会員募集中
 就農希望者募集中(2名)

■資格
 普通自動車運転免許
 アマチュア無線
 第2種電気工事士
 246類危険物取扱者
 高校専修工業
 中学校第1種技術

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カテゴリ: 海月のぼやき( 350 )

三重県南部の可能性
市民(自治体の市民でなくて)がなにかを達成できる場所ってどれだけある?
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ありし日のカフエクリーム


自宅がもっとも近い場所で、仕事場が次かな。サロン的なカフェもそうだよね。その次が公民館やコミュニティセンターになるかな?自治体によっては、市民活動センターや、市民活動支援センターがあって、ここら辺りから、自治体の体力差が出るんじゃないかな?だって、こんなセンターある自治体って、基本元気だもんね。あ、でも、官設民営か官設官営かによって違いはあるよね。やり方によっては、「お役所的!」って、後ろ指さされているところもあったり…

でも、キタガワノホトリは、民設民営ですよ。民間が設置して、民間で管理運営している。なので、公的資金は1円も入っていない。自慢では全くないけど、このシステムがまちに住む人たちの多くの支援で支えられて運営できたら、どれほどステキかなと妄想するけど。でも、民設民営って、そうでなくっちゃっても感じる。その支援のひとつが、行政であってもぜんぜんかまわないし、それもまたステキだけどね!

いま、市民の思いが達成できる場所の成熟度が、これからの自治体の根幹をなすんじゃないかって考えています。
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キタガワノホトリ


行政一辺倒の支援で、いち市民みたいになっていた住民だって、まずは拠り所がないと、相談も会議もできませんよね。やがては独り立ちできる市民になったときに、やはり場所の存在は大きいでしょう。ひと昔でいえば、まちのサロンであったカフェなんかは、わかりやすい場所ですよね。いまでも、もちろんキタガワノホトリにもありますけど、コミュニティカフェってあちこちにありますもんね。

ようするに、コミュニティカフェや、公民館やコミュニティセンター、市民活動センターや市民活動支援センターってカテゴリの場所が、その自治体にどれだけあるかで、まちのステキ度や満足度に違いが出てくると感じるんですよね。

だって、これら全てがあるまちには、多様な主体の中間支援組織があるし、行政にはピカリと光る逸材がポコポコいてたりするんですよね。理解ある課長さんとか、日本を飛びまわる若い職員がいるとかね。官でも民にも、その自治体で動きまわる人がいれば、嫌が上でも他にも影響するし、刺激になるもんですからね。ましてや、僕ら民間には、自治体の境目はないですからね。

だから、三重県南部に民設民営のキタガワノホトリがあるって、実は大事じゃないかなって感じています。

ここがなければ、可能性を成就したい人はどこに行けばいい?たとえば、一般社団法人の作り方をレクチャーしてくれるとこって他にある?新規起業するにあたり、公民館やコミュニティセンターは、支援プランを紹介してくれる?カフェをしてみたい人が、お試しに腕試しできる場所ってある?市民が自治体の境目なんかを通り越えて、月に一度とはいえ、交流ができる場所ってある?

それぞれの役割があるなかで、キタガワノホトリにも役割はあると感じるんですよね。この感覚がわかるかどうかも、実は大事なんだけどね。少なくとも、それがわかる人たちには、キタガワノホトリを使い倒して欲しいって気持ちです。

ここでどれだけの人が、切磋琢磨し、反面教師にしたことか^^;

地方自治体って、ほっといたら消えますよ!

by kurage874 | 2014-10-21 10:15 |  海月のぼやき
2014熊野大花火大会、私的こぼれ話
今年の熊野大花火大会、いかがでしたか?

まだまだ関係者にとっては落ち着かない忙しさでしょうが、熊野市の夏の風物詩となっている花火について、僕なりに考察しておきます。なお、基本的に僕も花火が好きですし、熊野市の花火は一番だと自負している一人です。
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熊野尾鷲道路への注意書き


今年は、せっかく開通した熊野尾鷲道路が観光バス専用レーンとなり、尾鷲南インターチェンジから、大泊インターチェンジまでは、8時から20時半過ぎまで一般車両通行禁止となりました。当初は、下りのみの措置と思っていましたが、上りも通行禁止となったので、「なんで、熊野市から出て行く上りもダメなん?」って言葉をよく耳にしました。今年は、開催日が日曜となって、車も少なかったし、人も少なかった気がしていますので、この課題は次回に引き継いで欲しいですね。
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国道42号線、小阪交差点


小阪交差点では、そのまま直進すると渋滞に巻き込まれるとの案内看板がありました。そこには、北山村経由での市街地入りをすすめていましたが、事前に学習していなければ、視覚的に辿り着くのは苦労したかも知れません。途中で、井戸町方面に行ける案内看板もあったので、どちらに行けばよいのか迷っている車にも合いました。また、この看板をもとに、大馬経由で井戸に抜ける車もありましたが、国道42号線側から入った車が、途中で迷っていることもありました。
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12時半頃の佐田坂


ただ、今年は車の通行が少なかったので、国道42号線の渋滞も、写真の藤森建設三重支社付近が最長だったかも知れません。そのあともスムーズに流れたようで、僕が会場に行ってからも、鬼ヶ城トンネルを流れる車はスムーズでした。また、各地の公式駐車場も、満車になる時間が例年よりも遅かったようで、今年は全体的に入込客も少ないように感じました。もしかすると、これが幸いして、入込客による車の混乱は少なかったかも知れません。
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開始直前


僕が会場内にたどり着くと、熊野市の花火らしい雰囲気でいっぱいでした。学生ボランティアのIVUSAもあちこちにいて、彼らの支援なくしては、もはや熊野市の花火は成立しないかも知れないとさえ思いました。また、インターネットでの取り組みでは、”#熊野大花火”をつけての投稿を呼びかけていました。これは、facebookやtwitterなどのSNSを使って、共通の投稿を探しやすくする試みでした。僕も交通情報などを投稿しましたが、単なる「会場に着いた」とか、「作業がんばる」とか、個人の感想を述べるにとどまった投稿が非常に多く、それはそれで盛り上がりを実感できたものの、情報ツールとしては失敗に感じました。あとで、そういった投稿は、僕からのが多くて苦笑いしてしまいました。人がほしいと感じるのが”情報”なので、どっちに重きを置くかは、今後の検討課題かも知れません。
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帰りの様子


花火に関しては、今年は風向きが悪かったのか、終始会場が煙にまみれてしまい、迫力ある音は楽しめたものの、彩りまでは堪能しがたいのが正直な感想です。それでも、僕の好きな三尺玉の会場自爆花火や、鬼ヶ城大仕掛の第二部などは、十分に感動モノでした。しかし、今年は前代未聞の長い中断があり、危険区域に人が侵入したようでした。ちょうど、クライマックスの半ばだったので、興ざめしたのは言うまでもなく、心ない観覧者もいるものだと感じました。ときおり、アナウンスもありましたが、人の待てる時間はせめて30秒ほどなので、もっと状況説明があってもよかったかも知れません。

帰りも比較的スームだったようで、僕が知るかぎりの友人知人たちも、これまでよりも、想像以上に早く家路に着いたと報告がありました。国道42号線の小阪の交差点も、いつも以上に車が流れていたので、帰りは熊野尾鷲道路が通行できたことも大きかったと感じました。国道311号線も入れれば、三重県北部からの進入路は3つになるので、あとはどう捌くかの知恵を実践しないとなりません。

あと、翌日の海岸清掃については、ごみの課題もあるので、すでにfacebookで先行していることをまとめながら、別に考察するとします。

まずは、関係者の皆様、大変にお疲れさまです。そして、熊野市まで来たいただいた皆さま、どうもありがとうございました。

by kurage874 | 2014-08-18 12:40 |  海月のぼやき
ハンディキャップ
深夜なので、こういった投稿になるのかな?

ハンディキャップと題したのにはワケがあるからで…
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画像は関係ないですよ


以前、いまの学校現場では、ハンディキャップをもつ子どもが増加傾向との報告を受けたことがありました。身体的な障がいだけでなく、精神面に不安のある子どもが増えたからとのことでしたが、医療技術の発達もあって、些細なことにも病名がつくようになったからだとも、オフレコで説明を受けました。

確かに、僕が小中学校のころは、アスペルガーもADHDも、LDなんて言葉は知らなかったし、先生たちも気にしていた様子はなかったように感じています。僕は、当時は世界165ヵ国の国名と首都が言えるような子どもで、いまも自分の決め事から外れることに嫌悪感を感じるわけですが、それでも普通に過ごしてこれました。そういったギャップは、自分自身でなんとかしてきたので、周りには迷惑もかけていると思いますが、日常生活には支障は感じません。

しかし、自分が教師になったときに、心の病を抱える生徒や学生の存在が身近であると感じ、また、同僚にもそういった闇を抱える人がいることに、最初は驚きと憤りもありました。それ以前から、大学生時代に薄々は気づいていましたが、実際にこうも目の当たりにすると、それまでにない感覚を受け入れるのには時間差が必要でした。なので、けっこう調べたり、足を運んだりして、理論武装をしたこともありました。いまではそれが糧になっていますが、当時から見ても、そういった心に病をもつ人たちの存在は、大なり小なり身近に多いと感じます。また、友人知人にも、コントロールしながら生活している人たちが多い方です(推測も含めですが)。

また、尾鷲でカフェを経営していた頃には、お客さんにもカミングアウトする人がいて、そういった現場に常にいるようになり、自分自身がよく保てているとまで言われたことがありました。しかし、僕自身は崩壊することはないし、不安定になって何かに頼ることもありません。それは、常に孤独を感じているからであり、森のなかで凛と立ち尽くしている自分自信を見ている自分がいるからです。うまく表現できませんが、そういった自分がいるので、ある意味では覚悟ができているのかも知れません。または、単に脳天気なだけかも知れませんね。

これまでも、僕を知る恩師からは、「ハナシよ、生き急ぐでないよ」と言われてきたので、僕はそういう人間なんだなとは思うのですが、こうも周りにハンディキャップを抱えている人たちを見ていると、この国の行末を案じることもあります。しかし、それぞれ生きているわけで、その生き方は千差万別であって、薬でコントロールしながら生きていけるのであれば、それはそれで卑下することなどありません。ようは、死んだらオシマイだし、死なないように生きていける術さえ見つければ、あとはなんとでもなるものです。また、そういった人たちに寄り添ってきた自分自身もいるので、相談や共有はどんと来いとかまえてもいます。ある意味では、僕も似たり寄ったりなのかもね。

個人が特定されないように書いていることもありますが、そういったハンディキャップを持つ人たちと接してきて、ときにはチグハグな意見や議論に辟易することもあります。しかし、どこかに居場所がないと、それがたとえばネットの世界であっても、個々のモヤモヤを放出できるかどうかは大事なことだと感じています。それができていない人もなかにはいるので、よけいな心配やおせっかいもしたくなります。しかし、受け身でいることの方が感受できやすいので、僕の場合は食虫植物的な立場で存在しようとしています。わかるかな?

しかし、現実との乖離が見られる人たちも目にするので、どこかで崩壊しないかと感じることもあります。うまく自我を排出できればいいですが、やがては自分自身を追い込むことにもなりかねないので、より多くの人との接点を提供することが、いまの僕にできることであり、個人情報をネットに垂れ流している理由でもあります。最後の最後で、もしも誰にも言えないことがあるならば、その最後のひとりに僕はなるよってことです。かと言って、僕が解決の番人でないことは明白だし、究極には根本の治療ができる医師やカウンセラーの仕事です。

一方、ハンディキャップを持つ人たちは、とかく田舎になるほど目立ちます。そのことが追い打ちをかけ、また自身を追い込んでいる現実も見聞きします。本当は、自分自身が気にしているほど、他人は気にも止めないものですが、ハンディキャップを持つ人たちは想像豊かなこともあって、1つを5つくらいに感じ取ってしまいます。潜むように暮らしている人たちもいるし、煙たがられながら生活している人もいます。親の脛を噛じったままの30代や40代もいるし、社会通念上のことが履行できない人もいます。医師から診断されて、社会からの隔離を余儀なくされる人もいます。それでも、生きていればこそ、明日はあるし、次があります。

また、グレーゾーンやパーソナリティ障がいなど、言葉だけが豊富になって、知識に追いついていくのがやっとですが、ハンディキャップは人生や地域のお荷物ではなく、何ごともなく受け入れる社会にしていけばいいわけで、それは気づいた人たち全員で、目指していけばいいだけのことです。いまさらながらですが、ハンディキャップは誰にでもあるもので、大なり小なり、乗り越えないとならない試練はつきものです。それを、個人でどうのこうのできない場合の方が多いはずなので、どれだけ周りに迷惑をかけ、おせっかいをしあうかなのかも知れません。ただ、ハンディキャップを個性と言ってしまうナルシストもいるので、それはそれで厄介なんですけどね。

いろんな顔を思い浮かべながら、生きていることがなにより大事なんだよと思いつつ、もうそろそろ寝るとします。意図や意味がわかりづらかったかも知れませんが、書いている本人が一番感じていますので…

オヤスミナサイ

by kurage874 | 2014-08-05 02:59 |  海月のぼやき
学生の目に映る熊野とは?
土曜日のお話です。ブログが追いつきません…

IVUSAに所属する学生3名が、熊野にやってきました。
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赤紫蘇の定植


飛鳥熊レス村で、5月の連休にした赤紫蘇の定植が、どういうわけか一部で立ち枯れし、補植することになりました。人手も少ないので、それぞれが空いた日に、空いた時間でやってくるので、なかなか全てを終わらせることが出来ません。「農業をしたい」、「兼業農家になりたい」などの専従者を求めているところですが、そうそう本気で農家になる人なんて、いないものだと実感しています。まあ、その人がやりたい農業てのもあるし、漠然と農業したいって言われてもなあってのもあるけれど…僕は、とりあえずは3分の1農をめざしてやっています。

ところで、彼らは、農業をしたくてやって来るのではなく、地域の課題解決の糸口を見つけるために足を運んできます。縁もゆかりも無い学生が、こんな田舎の中山間地域の課題解決に力を注ごうとしていることは、実はほとんどの人が知らないと思います。訪れるきっかけのひとつには、情報発信を続けている僕の言葉もあるんだろうけど、それ以上のなにかを彼らは感じ取って、たまたま僕たちが活動している畑作業に来てくれています。

また、地域とのその橋渡しをしているのが、僕であり、学生ボランティアIVUSAのOBで、熊野に移住してきた3人の男女です。それぞれの職についた3人は、自身の挑戦に四苦八苦しながらも、後輩たちの面倒をよく見ています。僕はそんな3人の拠り所でありたいと考えつつ、さらなる移住希望者も募っているところです。できうるならば、4人目は僕のもとで汗をかいてくれたらいいのになとも感じています。休学しての参加も歓迎しています。

僕からの学生へのアドバイスとしては、「地域課題を自分の目で確かめること」、「そのためには、足を運ぶこと」を口酸っぱく言っています。そして、「橋渡しできる僕や先輩(OB)を利用すること」です。学生といえどよそ者ですから、地域にでたところで、実際にできることはほとんどないでしょう。どこの誰かわからない人に、そうそう人は心を許しません。だからこそ、橋渡しをしてくれる人が必要なのですが、学生側もノープランでは話になりません。

きっかけとして、「自分たちは◯◯をしたいので、地域に関わっていきたい」があるべきで、それが現実に必要かどうかは、僕らを介して調査することができます。今回、熊野にやってきた3名は、自分の足であちこち行ったようですが、それだけでは課題が見つからなかったかも知れません。まずは、自分たちができること、したいことをテーマとして持ちあわせて、そこから地域に入っていかねばと感じます。

それでも、なにかしらの課題を探っている学生を見ていると、こちらとしては手を貸してやりたいと思って当然です。実験の大原則には、仮説を立てて検証することですが、仮説をたてる部分が、彼らにはもう少し欠けていると感じたところです。

その日の夜は、熊レス会員とも食事をして、遊び心も半分で夜の街を楽しんでもらいました。どこかで、もう少し根を詰めての議論や討論もいるなと感じたところですが、こうして足を運んでくれる学生たちとは、この地が未来に残していかねばならない地域であることを共有していきたいと考えています。そして、その意識を学生側でも繋いでいけるように、さまざまな仕掛けをやっていかねばと感じました。

たくさんの仕掛けを彼らと実行していくうちに、見ている人たちが目的を見出してくれるはずですしね。

by kurage874 | 2014-05-27 00:22 |  海月のぼやき
生きていく術を見つけるには
確定申告をしてきました。

毎年、e-Taxで電子申告をしてきましたが、転居の関係で住基カードの制作が遅れ、久しぶりに紙媒体を提出してきました。それにしても、便利になったもので、必要書類さえ揃えていれば、白色申告はすぐにでも完了します。僕は、青色申告をしているので、営業所得や仕入れの取りまとめをしてからになります。
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Z1


さて、気づけば、本人名義の携帯番号が4つになっていました。タブレットが2枚、ガラケーが2本ですが、タブレットからスマホに機種変更しました。長らく、大きい板を耳に当てていましたが、落としても見つかりやすそうな色を選んだら、写真の機種になりました。しかも、防水と防塵があるので、飛鳥熊レス村で泥んこになっても大丈夫でしょう…某タブレットは、画面はキレイでしたが、やわかった。2回液晶が割れて、今回は液晶に縦線と横線が入りました。腹立たしいので、しばし放置します。

ところで、携帯番号が4つもあるのかですが、1つは事業用に使っており、1つはこの番号の2台持ちとなるタブレットです(ただし休眠中)。1つは長らく休眠していて、残る1つは個人用で一番長く使用しています。職員が2人体制になれば、事業用を2台と考えていますが、閑古鳥の状態です。ちゃんと整理した方がいいなと考えつつ、最低限の契約にしておけば、なんとか乗り切って陽の目を見るかって感じです。

年度末に入り、メディアからは、春闘の話題が持ちきりです。

ベースアップが2千円、2年とか、月に2千円も賃上げされると、年間2万4千円となり、年収もアップします。しかし、4月から消費税もアップするので、なんだか狐と狸の化かし合いのようにも感じます。同じように、非正規労働者の時給もアップしているので、東紀州コミュニティデザインの時給もアップせならんのかなと考えています。ただ、年収が高くなることで、満足な生活が約束されるとはなりません。消費税分の物価も高くなるので、結局は堂々巡りのようではないかと思いますね。どこに日常生活の満足度、つまり生きていく上での幸福度を高めるなんて、最後はお金ではないかも知れません。

この地域、紀伊半島南部には、その答えがあるかも知れませんよ。

この春には、熊野市に3人目の20代の若者が移住を完了します。2011年の紀伊半島大水害での災害ボランティアがきっかけで、そののちの活動にも熊野に足を運んだ3名が、それぞれの道を熊野市で見つけ出し、Iターンしてくるのです。この地で骨を埋めよとまでは言いませんが、いましかない時間と空間を、精一杯この地域で満喫してほしいと感じています。若者の定住促進とか、中山間地域の移住支援とか、行政主導でいらぬお金を費やすなら、答えはここにあると感じています。彼らにも、ちょこっと耳打ちしておきましたけどね。

実は、e-Tax、スマホやタブレットなどのガジェット、賃金と生活、そして移住と定住とIターン、このキーワードは、この地域で生きていく術かも知れないと感じています。もう少し、考えて行動します。

by kurage874 | 2014-03-12 21:36 |  海月のぼやき
地域を考えるときの範囲は?
日々、悶々と前を向きながら…

地域を考えると言っても、その地域の範囲はひとそれぞれです。自治体をひとつの地域とも考えられるし、この自治体だって、自治体の集合体である、たとえば三重県とか、南三重とか、東紀州とかの単位を地域とみることもできます。反対に、自治体の中の学校区や住所地や字などを、ひとつの地域として捉えることもできます。

つまりは、人によって違う地域の範囲には、実は大きな意味や意義があったりもします。より小さな単位での地域では、互助の力が優先することが多く、善し悪しあれど「おらがまち」ってプライドがあります。しかし、その枠から外れる地域に関しては、「そんなん知らん」ってことにもなるので、小さな単位の地域間の橋渡しや交流、連携には苦労も徒労も多くなります。また、大きな単位での地域になると、自助と共助が噛み合わないこともあるので、地域の範囲が広くなるほどに、共助の精神が失われることも出てきます。そういった橋渡しも連携にも、同じように苦労や徒労が絶えません。

ただし、公助に関しては、地域の範囲が小さかろうが大きかろうが、「行政がやって当たり前」、「行政の関与なくてありえない」と言った要求が、ときとして共通しているのを目の当たりにします。先だっても、あるところで、「やはり行政がなくては」的な発言を聞いて、「まだまだ率先しているふりの人は多いかもな…」って感じたところです。もちろん、これらのことについては、僕の活動範囲でもあるので、たとえば、字くらいの単位で、互助と共助と公助をうまく噛みあわせている地域もあります。そういったところでは、行政にしかできないことを行政に依頼し、多くは互助や共助の力で解決している姿があります。これもまた、率先している地域には、共通することがいくつもあります。そして、僕には、それをモデルケースとして、まだできていない地域に橋渡しや還元することができます。

さてはて、この地域の範囲ですが、僕のような立場の人にとっては、その範囲はフレシキブルなんでしょうが、常にフレシキブルであってよいのか、ある程度の範囲を自分で持っていて、そこを基準にほかを考えるのかなどと、これが日々悶々とするところでもあります。なんか、どうでもいい事を言っている気もしますが、これってけっこう人によっては大事にしていることだと気付いているので、なにをするのでも、考えずには始まらないのが実感です。

さて、あなたにとっての地域の範囲は、どのくらいなのでしょうか?

by kurage874 | 2014-02-26 01:25 |  海月のぼやき
いくら稼ぎたいのかで決まる
別に、儲けるでもいいと思うけど。

昨日夜の交流会(日替わりコックさん)で、カフェ(喫茶店)の稼ぎについての話になった。日替わりコックさんのランチが食べられるコミュニティカフェレストCReAMは、常時営業しているカフェではないので、チャレンジショップ的営業形態だけに、稼ぐとか儲けるとかとは違う。
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CReAM


そもそも、カフェで稼ぐって、このまちの規模では尋常ではないことで、1杯350円とか400円のコーヒーでいかに勝負するかって話になってしまう。しかし、では「いくら手にしたいの?」ってところがないと、「では、これだけはせならんな」とはならないもの確かなことだ。まずは、ここが先にこないとカフェって商売は成立しない。もしも、いまのCReAMのように、地域コミュニティを想像しての営業ならまだしも、生活の一部となる生業としてのカフェなら、月の純利がいくら必要かで、コーヒーを何杯売る必要があるのかが決まる。もちろん、コーヒーだけでなく、ランチやケーキなどのメニューも加わってくると、単価的にあがりが大きい分だけ、原価計算も必要となってくる。
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在りし日のカフエクリーム


尾鷲の商店街通りにあったカフエクリームは、いまのCReAMと同じ要素のカフェであったから、純利とか儲けとかには縁遠かったけど、それでも僕が最初に店に立った頃は、かなりこのことに重きをおいて考えていた。そのころ、僕は月に10万円を純利として得るカフェにしたかったので、月の売り上げを25万円前後に設定していた。そのために、コーヒーだけでなく、ドリンク40種類、フードメニューも6種類くらいあった。よくもまあそれだけ揃えたなと呆れるけど、目標額に達成しない月末が来そうになると、ブログなどでぼやきながら営業を続けたものだった。それでも、稀有なお客さんたちに支えられて、それはそれは楽しい日々を過ごしたと振り返ることができる。

いまでこそ、古民家改装とか、セルフリノベーションとか、ここらでも普通になってきた気がするけど、当時はそれすらも異色の眼だったし、「こんなとこで商売らしてもあかんどな」って、わざわざそれだけ言いにドアを開けてくれた人もいた。しかし、日に日にお客さんは増えていったし、いつしか目標額の純利が8万円くらいに下がっていったけど、中央町で大同楽座をセルフリノベーションしていた時期でもあったので、それはそれで納得していた。しかし、それは僕の性格でもあって、ひとつに集中できないサガみないなもんで、本当に稼ぎたいのなら、シコシコとカフエクリームを続けていた方が堅実だったに違いない。

いま思うと、岡山のマルゴのオーナーと出会ったとき、「あそこの商店街通りなら、50万円くらいは売り上げなきゃ」って言われたのがまんざらでもなかった。そのオーナーも、リノベーションでカフェを成功させ、まちを変えた人でもあった。コタンと言う八百屋(野菜屋)もやっていて、これが記憶になって函箱で野菜を売りたいと考えたこともあった。しかし、その道で生業を成立させている人には、僕はかなわないなとも感じた。気もそぞろであっちこっち手を出してしまうからだ。

カフエクリームは、もうちょっとカフェとして成立させてもよかったのかも知れないけれど、それはいまになって言えることで、もう過去の遺産となってしまっている。あの場所を通ることがあると、やはりシャッターに戻してしまった後悔のような、寂しいような気になるからね。言いたいこともあるけれど、カフェを生業とするのであれば、やはり月にいくら必要かが基準となるには違いない。あとは、それに合わせてメニューを考え、算盤を弾くしかないのである。別に、カフェだけの話でもないんだろうけど、自分のお店って、そういうことだと思うのである。

熊野市に移って、しかも飛鳥町という立地の場所だと、尾鷲の商店街通りとは雲泥の差があるので、同じようなカフェの想像なんてとうていできない。しかし、わざわざ車で出かけてくるカフェをこしらえようと思えば、同じようにいくら稼ぎたいかで、店の規模も内容も算段できるようにはなった自分がいる。いつかは、農機具小屋でも改装して…あれ、そんなレストランあったな…

しかしね、久保田麻琴さんが尾鷲に来たとき、「この路地の先にカフェなんかあったら最高」みたいな話をされていた。そのときに、僕のカフエクリームがあったなら、相当の自慢だったのになと思ったのも確かで、まだまだその要素があのへんには残っている。

惜しいことしちゃったかな…

by kurage874 | 2014-02-22 02:13 |  海月のぼやき
スケッチ・オブ・ミャークを熊野一帯で上映する意義
スケッチ・オブ・ミャークin熊野、いよいよ金曜日からです。
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僕は、音楽にも疎いし、楽器も鳴らせません。歌も恥ずかしくて披露なんて…でも、神事や祭事の音楽には興味があり、盆踊りとか宗教歌も体に入ってきやすいです。韻を踏むようなメロディーが好きなのかも知れませんが、たとえば般若心経も、宗派やお坊さんによって抑揚がずいぶんと違います。また、神事で披露される音楽には、まさにカミサマを呼び覚ますような気がしてくるし、地元の盆踊りで、「おんどーよーとるーこーは、はーしからぞーれーた」っていうフレーズが、子どもの頃から、「なんで、子どもが酔うて橋からまくれたんやろか?」と不思議でしゃあないままです。

さて、このスケッチ・オブ・ミャークは、宮古島に古くから伝わる音楽を題材に、ドキュメンタリーとなって映像化されています。劇中にも、さまざなま音楽が流れるのですが、意味はまったくわからなくとも、とても心地よい気分になり、太古の昔に、どこかで聞いたことがあるような気分にすらなるのです。自然と、体に入ってくるという感覚が、僕の好きな音楽と同じなのです。僕は、スピリチュアルとか、パワースポットとか、言葉としては陳腐で好みませんが、そういった感覚に近いものが、この映画で体験できるはずです。

…尾鷲会場のチケットは、残り少しです。

しかも、熊野の山中で、主演の久保田麻琴さんが、啓示を受けて宮古島に導かれる場面が冒頭に出てくるのですが、「熊野と宮古島ってなに?」という答えも、この映画を見終わったあとに感じることができるはずです。もしかすると、ミャークの音楽が僕に馴染んだのは、熊野との繋がりがあるからに違いないとさえ思ったほどです。そして、サンシンがほしい物欲が湧いてしまったのも事実です。なんか、弾けそうな気がするのです。

折しも、熊野古道が世界遺産登録10週年を迎える今年、この映画を熊野一帯で上映する意義を強く感じています。絶対的に、この映画が与える影響は、多くの観覧者を、宮古島はもちろんのこと、熊野にも誘導するような気がしてなりません。熊野にルーツを求めてやってくる人が、この映画を通じてやってきそうに感じるのです。それは、逆のことも言えて、熊野から、平成の比丘尼のように(比丘尼は女性でしたが)、世界各地へ熊野を伝える人が出ていきそうな気もするのです。そういった双方向のきっかけに、この映画があると考えているのです。

根源という言葉がありますが、この映画からは、それを強く感じる気づきがあるはずです。それが、熊野であるか、宮古であるか、または音楽であるかは、それぞれでしょうが、きっと何かを感じずにはいられないはずです。

ぜひ、ご一緒に体感してほしいと願っています。
この映画が、熊野の新しいページをめくると思います。

そして、今年1年間、プレゼントバイする熊野をお楽しみください。


■尾鷲&新宮会場の共通チケット販売先
 https://mapsengine.google.com/map/edit?mid=z8wTyun_aeX8.ke5MGWBczazM

by kurage874 | 2014-02-06 00:47 |  海月のぼやき
三重県がめざそうとする”災害時に備えたネットワーク強化事業”とは…
昨日、三重県が主催するクローズドの防災イベントがありました。

語弊があるといけないので…詳しくは、三重県の担当課が、市町の行政と社会福祉協議会にだけ案内したのです。人数制限もあり、各市町からは最大6名までが事前申し込みにより参加できました。11市町が参加したと聞きましたが、同じ内容で、今月12日にも開催されるそうです。調べたところ、東紀州地域からは、紀北町と紀宝町が参加しており、12日には、それ以外の自治体社協からも参加するそうです。

では、なぜこのクローズドのイベントを知ったかと言うと、facebookで投稿していた人がいたのと、東紀州コミュニティデザインに、問い合わせがあったからです。「災害時に備えたネットワーク強化事業て、事前連絡あった?」との内容です。この事業は、昨年度からはじまっており、昨年の3月には、大々的に広報もやり、東紀州コミュニティデザインと熊野レストレーションからは、4名の仲間が参加していました。しかし、今回は寝耳に水の実施でしたので、問い合わせもあったからことから、ずばり担当課に電話を通じて聞いてみたのです。

では、なぜクローズドにしたかと言うと、「今回の内容は、災害ボランティアセンターでしたので、実質的に社協主導になることから…」とのことでした。簡単にいえば、「災害時のボランティアセンターは、社協さんが設置運営するので、今回は社協だけに案内した」のです。

悲しいかな、僕たちの日頃の頑張りも虚しく、三重県では、「被災地の地元社協が災害ボラセンを設置する」と確定しているような感じに受けて取れました。もちろん、それもひとつの手段ですが、三重県が決定稿のようにそう踏んでいるのであれば、2004年の三重県豪雨災害、2011年の紀伊半島大水害を経験し、災害ボランティアとして奔走した僕たちから言えば、「そうですか。では、私たちは、勝手ボラセンで対応します。もちろん、社協ボラセンとも連携はします」とだけ答えました。

しかし、三重県の地域防災計画を見ても、もちろん、それを踏襲した市町の地域防を見ても、社協が災害ボラセンを設置するとは明記されておらず、三重県を含めた大半の市町では、”みえ災害ボランティア支援センターと連携を図りながら”と書かれています。ただし、全部の市町が同じではなく、たとえば、四日市市では、”災害救援ボランティア本部は、社会福祉協議会が設置している災害ボランティア支援センターと協力して被災地における災害救援ボランティアの受入れを行う「四日市市災害救援ボランティアセンター」を被災地拠点等に設置する”と具体的に明記されているところもあります。

もともと、この災害時に備えたネットワーク強化事業は、県内外の関係団体が、縦横無尽に連携することを模索してだったようにも思いますが、表題からみても、固定観念とこれまでの踏襲だけで進めていくニュアンスではなかったはずです。だからこそ、昨年の第1回目には、多くの団体が集まったはずです。それが、1年の沈黙とまでは言いませんが、蓋を開けたらクローズドでは、ちょっと悲しくなるのも当然です。

■平成24年度災害時に備えたネットワーク強化事業の内容
 https://www.facebook.com/events/206783209465141/

たとえば、東紀州コミュニティデザインは、尾鷲市に事務局がありますので、尾鷲市の社協が参加しなければ、絶対的に参加できる見込みはありません。また、その尾鷲市社協から声がかからなければ、同じように参加はできないのです。今回のイベントは、地元社協に委ねられている部分が多く、防災や減災で頑張っている市民団体などは、ハナから対象になっていないことになるのです。もちろん、外部の団体などは、蚊帳の外です。これが、東日本大震災を目の当たりにしたと結果となれば、なんともお粗末にすら感じます。

では、なぜこんなことが起こるのかを考えると、やはり、民間の力が弱いからです。僕らが必死になって奔走しても、また、ブログやfacebookで、記録のように考察を掲載しても、関係各者の目には止まらず、またこれまでも直に発言をしてきた方ですが、僕ごときでは相手にされていなかったと言うことになります。つまりは、自分自身の力不足なのです。

そして、2004年の海山町災害ボランティアセンターの検証をやらなかったことと、2011年の熊野市、紀宝町で設置された災害ボラセンと、同時期に設置された他の自治体の災害ボラセンの比較もやらなかったことが、僕としては大きいと感じています。せっかくの経験と教訓が、生かされていないと感じるし、東日本大震災をとってみても、社協主導ボラセンと、民間主導ボラセンの比較も容易なはずです。また、三重県は、永らく岩手県の山田町を支援してきたはずですが、なにがどうなって、こうなったのかと思うのです。

かと言って、三重県の担当課が進める防災や減災の事業の中には、先の紀北町で開催された”避難者支援拠点アセスメント訓練”のように、外部の団体を招聘しているものもあります。避難者支援なんかは、まさに災害ボラセンが足かせとなって進んでいない実例などもあるので、なんともチグハグに感じます。この団体が主宰する事業は、今月の23日にもあるのですが、それを振り返るイベントも、年度末のぶっ込みのように26日にもやるので、僕としては指を加えて見ているだけの歯がゆさを感じます。

■避難生活で被害を拡大しないために!次の災害に備えるための『避難者支援拠点アセスメント訓練』
 http://crepm.exblog.jp/21555510/

これでは、あちこちに点を打つだけで、面になっていない気がするのですが、三重県では、みえ災害ボランティア支援センターという官民協働の災害支援システムが構築されています。しかし、形骸化している部分もあると感じるし、そのなかに短くも身をおいた者として言えば、時代遅れになっている気がしてなりません。このみえ災害ボランティア支援センターがありながら、災害ボラセンは社協との流れで、クローズドのイベントにしてしまうからです。

■三重県環境生活部 男女共同参画・NPO課 NPO班/災害時に備えたネットワーク強化事業
 http://www.pref.mie.lg.jp/NPO/saigaiV/network.htm

担当課の公式サイトには、これだけの情報しかありません。ここから言えることは、やはり、自分の身は自分で守るのはもちろんですが、これまでのネットワークを生かして、三重県が進めようとするシステムとは違ったやり方で、この地域を考えていくことだと強く感じました。風水害はいつ起きても不思議ではないし、南海トラフ巨大地震は、大津波を伴って甚大な被害をもたらします。だからこそ、平時からできることを、それを共有できる内外の仲間とともに、これからも精進していくしかないのです。

来週には、テクニカルサポートを主眼とした災害支援ネットーワークの勉強会を、大阪に拠点を置くNPOのもとでしてきます。また、再来週には、滋賀の中間支援セクターのもとで、広域の災害支援ネットーワークについて意見を交える座談会にも出席してきます。もちろん、県内では、僕が理事をさせていただいているNPO法人みえNPOネットワークセンターがあるので、まだまだ未完な面もありますが、これも大きな可能性として大事にしていきます。

なので、今回のことは残念に感じながらも、こうして活動している僕たちの邪魔立てをすることなく、平時も有事の際も、熱くご支援とご協力をいただければ、なにも言うことはございません。なんと言っても、県内の災害では、三重県の後ろ盾が必要だからです。これからも、感じたことを記録し、言葉にしていきます。大きくは、政策提言もできるようにしていきます。もっとも、社協主導のボラセンだけでは、絶対的にすべての災害時支援をできるはずがないのです。これだけは、これまでの経験からも、断言できます。それは、社協に力や知恵がないのではなく、そもそもからして、そうではないのです。民間にも、できることはたくさんあるのです。多様性は、民間だからこその特技なのではないでしょうか?

皆さんも、考えて見てください。

by kurage874 | 2014-02-04 21:50 |  海月のぼやき
facebookというマモノ
facebookに関することです。

先週土曜日に、紀北町社協主催の防災イベントに参加してきました。イベントの感想などは、追って書くことにします。
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このイベントでは、秘密のグループがあらかじめ作成されており、仮想の避難所で要求されている内容が、仮想の被災者支援拠点に集約されて精査し、秘密のグループに要求事項をまとめて投げかけるという訓練でした。このグループには、全国に待機する実際のNPOや市民団体、関係機関がスタンバイし、さまざまな要求に対し、アドバイスや情報提供、拡散を試みました。このため、事前会議も設定され、秘密のグループに入ることと、facebookをやっていない参加者には、強制的に加入することが義務付けられました。

で、僕の意見は、ここからです。

まず、参加者のなかには、自分の本アカを知られたくないと、ダミーIDで参加している人もいました。これは訓練だったので、この対応でも僕個人は気になりませんが、実際の運用となると、ダミーIDの真っさらは、どれだけ信用度があるのか不明だとも感じました。

また、秘密のグループに入っている時点で、そのなかの人たちは信用できると仮定できますが、これも運用する管理人のみの承認か、参加しているIDすべてに加入を認める権限があるかにもよってきます。前者ですと、災害時には一極集中しますし、後者ですと、誰が誰だか信用度が落ちてしまいます。

さらに、僕は試みとして、事前登録されたすべての参加者に、コメントと、コメントと同じ内容のメッセージの双方で、友だち申請を送りました。その結果、参加者の3分の1、約8人くらいでしたか、なんの音沙汰もなく、イベント終了までスルーのままでした。イベント終了後、その方たちの友だち申請を取り消して、メッセージにその旨を送りましたが、2名の方より返事がありました。また、3分の2は友だち申請を承認されました。

ここで、友だちになる必要の是非はあるでしょうし、友だちになることを前提でないと、話が進まないわけでもありません。しかし、誰だかわかならい人とやりとりすることは、僕としては不安もあるし、信用度に繋がります。ましてや、災害時を想定した取り組みで、相手の基本データがほとんど見られない場合などは、その相手のどこを信用していいのかとなってしまうこともあるでしょう。また、メッセージにも反応しない人は、本当に本人かと疑ってもしまうでしょう。

実際、僕も災害時にfacebookを利用しますが、このときの友だち申請は、ほとんどOKしていますし、それが縁で、いまも繋がっている人がほとんです。未だに、お会い出来ていない人もいますが、やりとりは続いています。僕のスタンスでは、災害時が前提ではありますが、メッセージを送ってもスルー、コメントにもスルーな人は、災害時には信用がおけませんし、その相手の言葉に信用できる道理がありません。あくまで、僕のスタンスです。

そこで、それぞれに個人ルールがあろうfacebookでは、このような信用や信頼を前提においた取り組みが成立するのかという大きな疑問と課題がでてきます。厳格なルールの方がいたとして、お会いしていない人は信用しないとなると、そこで関係性が途切れてしまうこともあるでしょう。プライベートを重視する人には、公開範囲を限定している人もいるので、本アカとダミーを使い分けることもでてくるでしょう。今回は訓練でしたが、なんの反応もしてこない人を、今後も信用するかと言われれば、僕には大きな迷いが残ります。たかが、facebookですが、されどfacebookです。

しかし、facebookであろうとも、最後は人の繋がりなので、一喜一憂することもないのですが、そもそも論にもなるfacebook利用でした。取り組みとしては、今後の方向性や修正も必要でしょうが、考えさせられるイベントになりました。そして、同じ会場でいながら、なんの反応もしてこない人がいると思うと、気の弱い僕は残念な気持ちにもなりました。でも、それはイコール無視とは違うでしょうけどね。

まさに、性善説と性悪説を感じた出来事でした。

by kurage874 | 2014-01-26 23:50 |  海月のぼやき