海月による東紀州からの情報発信~ぜひ遊びにきてい~
by kurage874
カテゴリ
プロフィール
■ブログネーム
 海月(くらげ)

■本名
 端無 徹也
 (はなしてつや)

■棲んでいる所
 熊野市飛鳥町佐渡874-1

■やっていること
キタガワノホトリ
 東紀州市民活動支援センター
 尾鷲市北浦町1-8
・付属施設
 ・CReAM(クリーム)
  コミュニティカフェレスト
  (レンタル)
  日替りコックさんのランチ
  1日店長のお店
 ・ヤキヤマロック
  (レンタル)
  ボルダリングスタジオ
 ・二瓶窯
  (レンタル)
  石窯
 ・アトリエウミノハタ
  (テナントスペース)
   プロジェクトCReAM様
   ステキ工房オワセ様
 ・スギノハコ
  (チャレンジショップ)
   サロンHASU様
 ・CO-DO(コドウ)
  (レンタル)
  ギャラリースペース
 ・音楽室
  (レンタル)
  音楽スタジオ
 ・名称検討中
  (クラフトスペース)
   PureMarin様

・キタガワマーケット
  毎月第3日曜日
  9時半~16時半
☆告知
  出店者募集

 営業日
  平日 9時半~16時半

 TEL:0597-22-5554
 FAX:0597-22-5554
 mail:hcd.secretariat@gmail.com
 駐車場有、トイレあり

◆(特非)みえNPOネットワークセンター
 中間支援組織の集合体
☆役職
 理事

東紀州コミュニティデザイン
 中間支援組織
  コミュニティカフェ事業部
  キタガワノホトリ事業部
  中間支援事業部
  防災・減災事業部
 尾鷲市北浦町1-8
  キタガワノホトリ内
 TEL:0597-22-5554
 TEL:080-2627-2080
 FAX:0597-22-5554
 mail:hcd.secretariat@gmail.com
☆役職
 事務局長
☆職員
 1名雇用中、1名募集中
☆告知
 支援者・支援金募集中

一般社団法人熊野レストレーション
 森林里山保全ボランティア
 テクニカル災害支援
  森林里山保全事業
  森林レクレーション事業
  中山間支援事業
  DRT事業
  非公認の山岳部
 尾鷲市北浦町1-8
  キタガワノホトリ内
 TEL:0597-22-5554
 FAX:0597-22-5554
 mail:hcd.secretariat@gmail.com
☆役職
 代表
☆告知
 会員・賛助会員募集中
 就農希望者募集中(2名)

■資格
 普通自動車運転免許
 アマチュア無線
 第2種電気工事士
 246類危険物取扱者
 高校専修工業
 中学校第1種技術

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久しぶりに、尾鷲のご飯を食べに行く
平日の尾鷲で、昼飯といったら…

いくつか頭に浮かぶけど、ホッとするなら県尾鷲庁舎横の凛です。
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県尾鷲庁舎、凛は左側に


尾鷲でとれた魚で、定食がでてきます。
メニューはこれだけです。すごいなあ。
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今日の定食


毎週水曜日は、フライの日です。
身近な魚が、口当たりの良い衣に包まれていました。
よく妻が、「フライデーにいこう」って言うてました。
「金曜日にせんのが尾鷲やな」とも言ってました。
なんのこっちゃいな…夫婦で通ったお店の一つでした。

メインの魚料理に、小鉢、味噌汁、漬物、ご飯の定食です。
地元産の野菜も使い、妥協しない手づくりがたまりません。
平日の11時半頃から、13時過ぎまでやっています。
元気なお母さんたちが、お店を切り盛りしています。

ここで、ごはんを食べると、なんだか家で食べとるみたいです。

by kurage874 | 2011-08-31 23:49 |  owaseを食べる
東日本大震災支援シンポジウムin三重
東日本大震災から6ヶ月。まだ被災地では息の長い支援が必要とされています。

震災から半年のこの日、みえから被災地を支援する団体同士で集まり、これからの活動について意見交換をしませんか?活動の仲間を募集しませんか?また、被災地への支援活動に取り組みたいと思っているけど、迷っている方や団体のみなさん、ぜひ活動中の団体の取り組みを聞きに来てください。
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発災直後より活動している、東紀州コミュニティデザインも、防災・減災事業部で参加申し込みを終えています。

このようなイベントを通じて、地域防災を中間支援できればと考えています。


by kurage874 | 2011-08-31 20:27 |  市民減災まちづくり
第1報 尾鷲市街の台風12号情報
ちょっと早めに情報提供します。
また、情報提供してください。

尾鷲市街を中心にした、台風12号情報です。
今後の進路が、尾鷲市に非常に近くなっています。

■気象庁 台風情報
 http://www.jma.go.jp/jp/typh/index.html

現在、こちらの地域には、波浪警報が発令されています。
海は、非常に荒れており、内湾も同様に波が荒いです。
雷注意報も出ているので、大気も不安定です。

現在、雨は小康状態ですが、一時的に強くなることもあるでしょう。
いまのうちに、植木鉢や簾など、風で飛ばされない対策をしましょう。
また、避難が必要な地域では、心積もりと準備も必要です。

週末にかけて、大荒れの天気になりそうです。
土曜には、尾鷲イタダキ市がありますが、明日の朝に判断もします。

今後も、不定期ですが、情報を配信します。

東紀州コミュニティデザイン
防災・減災事業部

by kurage874 | 2011-08-31 19:07 |  市民減災まちづくり
水は好きだが、さすがに台風の波は怖がった
保育園の帰り、三木里海岸まで走った。

あわよくば、波で遊ばしたろ思ったけど、台風の影響ありまくり。どんどん大きくなる波に、「こわい」を連発した。さすがに波には近づけず、近くの水飲水栓で遊ばせた。というか、「喉乾いた」言うので連れていくと…
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完全なる確信犯でした。水を飲むどころか、全身で体感し、たちまちびしょ濡れです。着替えがあったから遊ばせたけど、ほんま水が大好きです。
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人けのない海水浴場は、どんより天気もあいまって、物悲しさがありました。なんだか、夏の終わりを感じました。

着替えてご機嫌の娘は、ドサクサに紛れて「マックいく」言いましたが、しらっと家に帰ってきたった。そしたら「おなかすいたー」と泣かれて、オトンは慌ててアカカマスを焼いて、かぼちゃをうでましたとさ。

オトンと2人きりの環境は、仕方がないとはいえ、これではアカンなあとも思う。なにか、娘に我慢させとる気がする。いや、娘が我慢している気になってくる。2歳になったばかりなのに、親にふりまわされるとると思うとね…

by kurage874 | 2011-08-31 03:43 |  さらさに贈る言葉
法律と現実
妻が病院を出ていって3ヶ月、本人の意志だという。

書き置きには、その意志がしたためられていた。
旦那が承諾して入院させたのだが、別に断りなく退院できるらしい。
僕が知ったのは、妻が出ていった次の朝10時だった。
ちょうど12時間経過していて、何もわからずじまいだった。

数ヶ月後、妻から離婚の意志を告げた手紙が届いた。

およそ、妻が閃きそうな文言や内容ではなかったが、これも本人の意志だという。これ以降、担当する弁護士を介してしか、妻とは話ができなくなった。”子どもには会わせて欲しい”と書かれていたが、”裁判は尾鷲で行います”とも書いてあった。あの体で、頻繁に尾鷲まで出向けやしないのに、いったい何を望んできるのだろうとは思った。

だけど、僕も対抗した。民事では、黙っていれば相手側のペースになる。このことくらいは知っていた。すぐに、相手先の弁護士に電話をかけ、争う意思がないことを告げ、円満に解決する道を探った。というか、とにかく娘に合わせたやりたいのと、その時の妻の病状が知りたかった。僕に全くの協力者がいないわけでもないが、このときに、妻が病院に通っていること、実家にいること、とりあえずは元気でいることを知ることができた。これ、日本の話です。

そして、相手先の弁護士に理解を取り付け、離婚を進める調停ではなく、同居を求める調停を、妻の実家近くの裁判所にお願いした。調停は、この2つしかないらしい。とにかくこれで、妻と娘を結びつけるきっかけはつくれた。その代わりに、娘が長い距離を移動することになった。これまでに2度、僕の実家の両親にお願いして、娘を伴って裁判所に通った。片道7時間かかる移動は、2歳に満たない娘には難儀である。でも、もしかすると妻に、オカンに会えるかも知れないとなると、娘を同行させるしかないのである。前泊し、後泊し、気遣いながら宿をとるのである。なんとも重苦しい旅でしかなく、これを旅とは言ってはいけないな。

同居を求める調停では、2名の調停員の前で、こちらの主張を話すのである。これまでの経緯や今後の思いなど、確か1度目は3時間半以上、2度目は1時間以上聞かれた。その間、娘も一緒にいるのだが、子どもが狭い部屋で退屈であったろうに、娘はよく耐えてくれた。2度目は、僕の膝の上で寝てしまった。その寝顔を見ながら、「僕はこんなところでなにしよんど」って何度も思った。

しかし、2度目にして、話は進展した。次回の3度目に、ようやく娘と妻が再開できるのだ。やはり、妻は娘には会いたいと言ったらしい。残念ながら、私に対しては返事がなかったようだけど…それでも、娘と妻が会うことは、僕のたっての願いであり、僕自身も会えることになった。2度目の調停の時、裁判所には妻も来ていたらしく、同じ調停員が、妻の弁護士と共に話を聞いたらしい。もちろん、お互いに会うことはないが、同じ建物のなかですれ違っていたのである。わかっているけれど、それでも娘を見ることも、会うこともできないのだ。

このときの妻は、階段の登り降りが不自由であるからと、裁判所の1階で調停を受けたらしい。実家では2階にいると聞いているが、「よく転ぶ」とも言っていたようだ。頭に大きな傷跡を残している妻だけに、こかるのは致命的なダメージになる可能性もある。そう考えるだけで、身震いした。実家では、僕や娘のことを話題にしない者しか、妻には会うことができないらしく、実際に行ったことがある人に訪ねたこともあったけど、何も応えてはくれなかった。僕に協力者や支援者がいるように、向こうにも”いる”のが現実である。そう思った。せめて、妻の状態を知りたかっただけなんだけど…

調停員にも相談して、妻が通っている病院にも出向いたことがあったが、あっけなく門前払いを受けた。患者の保護らしいが、どうすることもできなかった。僕としては、妻の状態を知りたいのだが、それは、これまで必至になってともに治療をしてきた責任を感じるからだ。しかし、法律と現実は、夫婦であろうと、妻であろうと、本人の意思のもとに全てが決まる。ではいったい、妻が倒れ、緊急手術をし、その後の治療のすべての過程で、夫である僕が妻に代わりとなって手続きを代行できたのだろうか。妻に意識が回復したあとも、その意思を確認して僕が代行したけど、病院からいなくなったあたりから、僕はなんにも知りえない状態となってしまった。そこには、倫理も哲学も愛情もないのである。

それでも、9月に家族が再会できるはこびとなった。これは、妻の希望であり、裁判所を介した同意である。しかも、僕には会いたいとも会いたくないとも言わなかったらしいけど、離婚の意志はないと、調停員からは聞かされた。では、あの手紙はなんだったのかとは、いまさら考えないようにした。会えるとなった以上、話をややこしくはしたくないのである。ただ、現時点では、妻は尾鷲に戻る意思はなく、かといって、子どもには会いたいのが現状である。ここが、別居状態と見なされる点である。これが、8月初旬に、2度目の調停で得たことだった。まあ、そのあとすぐに、別件で聞き捨てならない話も耳にしたが、これもここでは書かないことにする。

しらっと、9月はもうすぐなので、会えるまで大人しくしておこうと思ってた。しかし、どうしてもやりきれないことが発生した。妻が転居届を出していて、すでに尾鷲の住所地ではなくなっていた。これも、本人の意志らしいが、これよりもさらに困りごとが発生した。ひとつは、妻が働いている会社では、どういうことか妻とは連絡が取れあっていて(同じく音信不通と聞いていた)、妻が会社を休職する手続き上のことが、すでに行われていた。僕が聞いていた時点では、”6月の診断書がなければ…”との話だった。妻を最期まで、会社の一員として残してやるのが、仕事一筋だった妻にしてやれることだった。どうなるのだろうと焦っていたが、それが、7月も、8月も、在籍していることがわかり、また僕の知らないところで、こういう手続きができる現実を知った。それはそれでありがたいが、僕が知らない妻のことを、知り得る人が尾鷲にいることが現実となった。

それ以上に困ったのが、妻の扶養に娘が入ったままなので、これに係る娘の医療情報は、すべて妻の実家に行ってしまうことだった。現時点では、実害としてはないけれど、預かりしならないうちに、娘の医療については、妻が判断することになってしまった。例えば、乳児医療のことも、それこそ保険証の更新などがあっても、すべての情報は妻の実家に行くのである。こういうことは、家族にとっては大事なことなのに、僕には一切知らされないのが現実だと知った。実際には、娘は僕と生活し、病院に行くのも僕が連れていき、予防注射もフッ素の塗布も、僕が親としてやらないといけない。しかし、手続き上のことすべてが妻の実家に行くので、妻の実家との関係を考えると、このままでは娘に大きな迷惑がかかる恐れがでてきたのだ。しかし、なぜこんなことになるのだろう…なぜ、こんな目に合わなければならないのだろう。

この件については、すでに解決できる道を交渉しています。

あと、一部の巷で先行していると思われる、僕と妻の離婚の成立はありません。僕と妻と娘は、法的にも同じ戸籍にあります。これが、事実です。言いたい人は言えばいいけど、家族が離散していることを、自分に置き換えて欲しいものです。2歳になった娘は、1歳も、2歳も、母親とは一緒ではありませんした。3歳は、4歳は…小学校への入学は?成人式は…妻に残された時間は?

なにも、妻の実家に通える人だけが、妻の心配をしているのではありません。私の友人や、二人の共通の友人たちにとっては、娘や私と同じように、妻の心配をしてくれています。あるとき突然にいなくなり、音信不通となっているので、どうしているのかと案じているのは、尾鷲にも、三重にも、日本にも、大げさでなく世界にいるのです。その友人たちは、私のブログでしか、情報を得ることができません。私には、話したくても話を切り出せないと言われて気づきました。でも、本当は、ズバッと直接聞いてくれて良いのです。ブログで書くと、僕がヨレヨレになっていると思われてしまいそうですが、そうなるわけにはいきません。娘のためにも、僕は生き抜かなければならんのです。

妻には時間がないと考えるのが、妻の病状に付き合ってきた僕がわかっています。もちろん、伊勢でも、千葉でも、それぞれの主治医から念を押されてきています。だからこそ、娘と母親、家族を大事にしたいのです。娘のさらさは、妻よりも、私よりも、妻の実家の両親や姉弟よりも、一般的には長く生きていくのです。その大事な時期と時間を、娘のために与えてやって欲しいのです。しかし、現実として、妻は娘を養育できません。もちろん、妻の実家の両親にも、同じことが言えます。こちらは、娘との共有時間がなさすぎですし、孫のことを一切考えずにここまで来ていることもあります。僕だって、いくら妻と娘を一緒にさせたいからと言って、娘をその環境に送ることはできません。

僕が娘に残せるもの、離れている妻が、娘に残せるもの、現実を考えていかなければなりません。でも、正直に、こんなんなるとは思わんかった。僕自身は、人に指さされても仕方がない人生かもしれんけど、娘には絶対に罪も罰もないはずです。この世で生を受けた娘には、僕と妻のDNAでいっぱいです。

とにかく、いろんな面で、時間がないのです。
なのに、余計な心配ごとは、あっちからやってきます。
それに対応しなくては、僕と娘は翻弄され続けます。

全ては、娘のさらさのために、残りの人生を捧げます。


※コメントできません。下記宛にお願いします
 kurage874@mbd.nifty.com、または、@owase874

by kurage874 | 2011-08-29 23:38 |  さらさに贈る言葉
人だかりをかき分けて?~二見と松阪温泉の親子旅~
2週続けての親子旅です。

海月一家は、ドライブ好きです。
今日は、伊勢市二見町まで走りました。
昼時に駅前の扇屋に着くよう計算し、なんとか座れました。
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しかし暑い…


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扇屋定食


娘もちょうど限界で、このぐらいの距離が休憩時だとわかっています。ただし、途中で寝ているのもあるので、車での移動は、起きていれば1時間半が限界です。慌ただしく食べて、というか、ほとんどを娘の口に運び、店をあとにしました。エビフライよりも、伊勢海老の半身焼きを欲しがったので、さすが尾鷲の子だと感じました。
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おいしそー


混んでいるのを承知で、二見シーパラダイスに行きました。

海獣コーナーには、人だりができていましたが、さして驚きも怖がりもせず、「魚見る」と関心なさ気でした。その魚ですが、「おいしそー」と叫ぶので、ちょいと恥ずかしくなりました。娘には、スーパーで並んでいる魚程度の感覚なのでしょうか?シーパラでは、空調の効いている暗がりのベンチに、オトンやジイジたちが、うなだれるようにして寝ている姿のほうが印象的でした。二見は、完全な観光地化から脱却できていなくて(観光地で当たり前ですが)、もっと素朴感を出したほうがウケがいいのではと感じます。地元ではないですが、三重県民としては、どこも三重らしくなくて、観光地と一括りで終わってしまいます。
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どこでも登る


結局、逃げるように1時間であとにして、松阪市の松阪温泉熊野の郷に行きました。二見からバイパス経由で高速道路移動しましたが、二見から伊勢に抜けるバイパスを走っていると、「がたがたー」って言うたのには驚きました。あの辺の道路は、起伏が幾つかあって、スピードを出していると、車がバウンドします。わかっているので、減速して走りますが、どこで言葉を覚えるんだろうなあ。
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風呂上りの一杯!


熊野の郷は、わりと人もいましたが、なんとか楽しめる程度でした。出てくるときには、子どもたちの群れが来て、プール化してしまったので、ちょうどよかったです。ところかまわず、ドボンドボンやる子どもって、子どもよりも親の方を心配します。って、そうたいして気づいてもないんですよね。でも、熊野の郷は、想像以上によかったです。これからも穴場に入れておこうっと。

十分に楽しんだ娘は、風呂上りの一杯も楽しんで、ちびまる子ちゃんに間にあうように帰ってきました。このくらいの時間ですと、なんとか夕食も作れて普段通りです。

さて、明日からまた、再起動します。

by kurage874 | 2011-08-28 23:15 |  三重県漫遊記
三重そうぶんシネマスクエア2011
■三重そうぶんシネマスクエア2011
 http://www3.center-mie.or.jp/center/news/2011/cinema2011.html

そうぶんより、興味深い案内が届きました。
しかも、玄牝を上映、おまけに河瀨直美監督のトークショーもあります。先越されちゃったなあ…
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その他にも、”川の底からこんにちは”、”ツレがうつになりまして。”なども興味深いですね。限定ランチマーケットなんてのも、イベントを盛り上げそうです。

「そうぶん、やるなあ」って感じのセレクトには、毎回感心します。仕事していて、楽しいだろうなあ。

東紀州コミュニティデザインは、”そうぶん”を勝手に応援しています。

※ちなみに、玄牝の上映会は、尾鷲でもやる予定で進めています。まずは、賛同する受け入れスタッフからですけどね。よろしくです

by kurage874 | 2011-08-27 21:38 |  地域イベント情報
2歳になったよ!
ほんま、ありがとうやね。

2歳は、親子一緒でした。
家族一緒じゃないけどね…
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友人から、蜜蝋のクレヨンをいただき、さっそくお絵かき。
本人曰く、「ねこ」らしいです。このあと「おばけ」も描きました。
大物になるかいな?
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モンプチココで、ケーキを奮発しました。
フルーツケーキにロウソク2本、自分で吹き消しました。
ほんま、2歳になったんやんな。
「たんじょーび」って言うてます。

ケーキにがっついて、その後は割とあっさりと寝てしまいました。

オトンは、議会が17時過ぎまであったので、夕方からてんてこ舞いしたよ。なんとか、ちゃんと尾鷲で誕生日を迎えることができました。ささいなことが、いまの海月一家には貴重な時間です。ほんま、1歳も、2歳も、オカンがおるのにいない誕生日なんてね…3歳は、どうだろう…

トイレにカレンダーがあります。

明後日の日曜日の空白に、「おでかけ、かいて」と言いました。たぶん、気まぐれの偶然です。でも、このカレンダーには、日々の行事がびっしりです。これまでは、妻の勤務と、私の予定の書き込みでいっぱいでした。空いた箇所が、2人の時間で、娘ができてからは、家族の時間でした。

あれ以来、オトンの心には、空白ができたままです。
必至に生きてる娘がいるのに、なんとも情けないな。

家族一緒が、これまでの希望と願いでした…

☆オマケ
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この世に生を受けた日



by kurage874 | 2011-08-26 23:00 |  さらさに贈る言葉
9月の尾鷲イタダキ市に、よしもと芸人がやってきます
フライング告知です。

よしもと芸人にもいろいろありますが、三重県を元気にするよしもと芸人が、9月の尾鷲イタダキ市のアトラクションに出演します。おそらく、尾鷲イタダキはじまって以来の芸人さんの主演です。

10時にMCで入ってイタダキ、11時から漫才やコントを披露してイタダキます。実は、2組も主演してイタダキます。なんとも贅沢な企画を、尾鷲イタダキ市でやってしまいます。

さて、三重県を元気にするよしもと芸人ですが、あなたの目で確かめに来て下さいね。

by kurage874 | 2011-08-26 00:10 |  地域イベント情報
「新しい公共を支える資源循環の基盤づくり」事業に応募する
今日も暑かったですね。
ザザーって、雨ほしよ。

■三重県生活・文化部:「新しい公共を支える資源循環の基盤づくり事業」 企画提案コンペを実施します
 http://www.pref.mie.lg.jp/D1SEIKA/app/details/index.asp?cd=2011080172&ctr=jbls&jbox=8

この事業に応募しました。
東紀州コミュニティデザインのことです。

応募するかどうか、けっこう考えに考えて、夜中に5時間で仕上げました。内容としては、これまでやってきたことに絞り、新たに事業化したことはありません。あくまで、6年間やってきたことを、粛々と指定様式に書き写したといった感じです。過去2回、緊急雇用系の事業に応募しましたが、2次審査の公開プレゼンで落選しています(平成21年度NPO活動基盤強化事業、平成22年度NPO支援機能強化事業)。

このうち、東紀州地域での活動として事業採択された団体のうち、現在も活動を継続している団体は、確か1団体だけかと思います。委託契約が終了した時点で、事業から撤退、または停止したといっていいのではないでしょうか?本来は、継続的な面も採択される条件でしたが、諸事情あってのことでしょう。やはり、この地域でのNPO活動は、非常に難しいと言わざるえません。

それでも、落選した東紀州コミュニティデザインは、なんとか細々とやってきています。それだけ、たいそれたことをやっていないからですが、雀の涙ほどの給与で雇用も継続しています。人によっては、安定した就職への繋ぎであったりもしますが、それでも在籍している間に仕事をこなしてくれれば、それはそれでいいとも考えるようになりました。人材は育てられないと知ってから、いっときでも活動の一端を見てもらうことのほうが、将来的に何か役立つだろうと考えています。

ただ、オーナーでもある海月は資産家ではないので、資金的な台所事情はもちろんですが、幅広い人材確保の点で、とうとう底が見えてきた感じがします。人材を解りやすく言えば、有償の常勤、有償の非常勤、無償の常勤、無償の非常勤と4つにわかれています。有償の非常勤の場合は、イベントなどの手伝いをしてくれたときに、有償ボランティア程度で対価を支払います。金額にすると、それこそ500円から1,500円の範囲内が大半です。事業内容によっては、1日3千円、または5千円ということもあります。

有償の常勤は、現在2名を雇用しています。時間給750円で、1日4時間の勤務が基本です。月20日は勤務するので、だいたいの給与計算ができますよね。本当は、もっと時間を延ばすとか、時間給をあげるとかしてやりたいのですが、ここが台所事情になってしまいます。一方、その勤務内容ならば、空いた時間でやりくりできると、ハローワークに登録していることもあって、問い合わせも月に数件あったりします。いまは、ここに着目して、そういった雇用形態でなにか変化を起こせるかも知れないと感じています。

人材の確保が難しくなってきたのは、無償の常勤です。常勤と言っても、雇用的な常勤ではなく、常に活動に関わってくれる人材のことですが、ここの層が薄くなっています。NPO活動の場合、この人材がたくさんにるほどに、活動基盤がしっかりします。お金を対価として求めているわけでなく、人生の1ページとして参加しているのですから、もっとも欲しい人材です。そういう人材が、密かにまちや地域を支えているとも感じています。東紀州コミュニティデザインでも、プロジェクトCReAMでも、owasebon制作委員会でも、この無償の常勤が、これまでの活動を支えています。人の数にすれば、いまはほんの2-3人です。この2-3人が、まちを支えらるわけないと言われそうですが、非常勤として参加してくれる人たちを支えているので、活動の多さと比例して、裾野の拡がりはけっこうになります。

近年、この人材が減っていき、活動自体を支える負担率が増えています。過去多い時には、5人くらいはいたと思います。「え、5人て少なくない?」、NPO活動を実質的に支えるのは、このくらいの数だと思います。その5人には、それぞれ非常勤として参加してくれる人材を持っているので、その繋がりで、全体の活動が大きなうねりと見えてくるのです。この人材は、市議会議員としての私の支持者とはイコールではありませんが、やっかむ人からは、若者やボランティアを牛耳っていると見えたのでしょう。過去には、よくそれを引き合いに出されましたが、いまは言われることがありません。ということは、やはり活動が目減りしているのかも知れません。

雇用としてみたNPO活動を書いているので、なんだかカタイ内容ですが、そもそもNPO活動と一括りにしているだけで、そこに参加する人たちの気持ちはさまざまです。それだからNPO活動はオモチロイのですが、なにも「自分はNPO活動でまちを支えている」とは思って活動してないのが普通です。しかし、どこかで、「自分の活動は、将来や未来のこの地域を左右するのかも知れない」みたいな感覚を持つことがあるのも確かです。それが、無償の常勤の立場になったときに、より顕著に自覚すると感じています。まさに、海月自身がそうでしたしね。これが、新しい公共となって、次の世代を支えていく人材だとも考えています。なので、こういう人材が点在しているのも事実なので、ていねいに脳の引き出しに留めておくことで、いざというときには役立つのです。できれば、同じ東紀州コミュニティデザインとして活動してくれたらと思いますが、そこは諸事情あるだろうしね。これは、東紀州コミュニティデザインの名前を残したいのではなく、同じ土俵で活動すれば、もっとわかりやすいと考えるからです。

新しい公共を支える資源循環の基盤づくり事業に応募しましたが、わりと早い話をすれば、例えば、県庁舎単位の県民センターの一部機能を民間譲渡すれば済む話かもしれません。いままでは行政として活動していたことを、新しい公共として委託契約するわけですから、なにも事業をつくらずとも、いままで県民センターがやってきことを民間でやらせてみるまで、ではないでしょうか?海月が応募に躊躇した一つに、こういった考えがあるのも確かです。民間に、新しく事業を考えさせ、応募させ、吟味させ、委託契約したとしても、そもそもの行政側に組織や部署として残るなら、住民自治は進まないのにと感じるからです。こういう書き方をすると、その部署の担当者に失礼かと言われそうですが、公共の民間移譲は、私にとっては住民自治への誘いです。いますでにある仕組みと予算の範囲内で、いま以上の結果を出す自信があるからです。

こんなことを書いて、2次審査に影響与えたら本末転倒ですが、まずは、県庁や県庁舎の仕事のなかで、民間移譲していい事業や部署を精査していただいて、それを新しい公共に委託契約して欲しいものです。それが、各自治体の市町行政でも、同様に民間移譲していけば、公務員の給与が高いや、公務員はイイよね、なんて陰口叩かれることも減ってくると思いますよ。公務員にしかできない仕事は、実はたくさんあるはずなので、ある意味では、公務員の評価が一転するきっかけをつくるかも知れませんね。これが、いままでNPO活動を強化・支援すると言いながら、行政の見直しに着手していないように見えたことによる、海月の躊躇に繋がっています。

とはいえ、新しい公共への取り組みは、どことなく嘘っぽくなってしまった”協働”の”協働”を取り戻す可能性を秘めています。6年前に、協働とはなんたるや?から、東紀州コミュニティデザインははじまりました。その当時は、協働の認識などあいまいで、居合わせた人の考えも十人十色でした。海月にとっても、なんか胡散臭いイメージで、協働言いながら、行政にはお金の対価があるじゃない?って感じていました。いまはもう、協働なんてあまり使わなくなってしまいましたが、見直すにはいいチャンスかも知れません。

いろんなことを考えながらも、踏ん張るしかないのだと感じています。民間によっている誰かが、こういったことを頭に描きながら生きていかないと、公務員はすでに考えながら仕事をやっています。そこが公務員のすごいところであり、正当な狡猾とも感じるところです。

さて、2次審査通過するかいな?

by kurage874 | 2011-08-23 23:36 |  東紀州コミュニティデザイン