海月による東紀州からの情報発信~ぜひ遊びにきてい~
by kurage874
カテゴリ
プロフィール
■ブログネーム
 海月(くらげ)

■本名
 端無 徹也
 (はなしてつや)

■棲んでいる所
 熊野市飛鳥町佐渡874-1

■やっていること
キタガワノホトリ
 東紀州市民活動支援センター
 尾鷲市北浦町1-8
・付属施設
 ・CReAM(クリーム)
  コミュニティカフェレスト
  (レンタル)
  日替りコックさんのランチ
  1日店長のお店
 ・ヤキヤマロック
  (レンタル)
  ボルダリングスタジオ
 ・二瓶窯
  (レンタル)
  石窯
 ・アトリエウミノハタ
  (テナントスペース)
   プロジェクトCReAM様
   ステキ工房オワセ様
 ・スギノハコ
  (チャレンジショップ)
   サロンHASU様
 ・CO-DO(コドウ)
  (レンタル)
  ギャラリースペース
 ・音楽室
  (レンタル)
  音楽スタジオ
 ・名称検討中
  (クラフトスペース)
   PureMarin様

・キタガワマーケット
  毎月第3日曜日
  9時半~16時半
☆告知
  出店者募集

 営業日
  平日 9時半~16時半

 TEL:0597-22-5554
 FAX:0597-22-5554
 mail:hcd.secretariat@gmail.com
 駐車場有、トイレあり

◆(特非)みえNPOネットワークセンター
 中間支援組織の集合体
☆役職
 理事

東紀州コミュニティデザイン
 中間支援組織
  コミュニティカフェ事業部
  キタガワノホトリ事業部
  中間支援事業部
  防災・減災事業部
 尾鷲市北浦町1-8
  キタガワノホトリ内
 TEL:0597-22-5554
 TEL:080-2627-2080
 FAX:0597-22-5554
 mail:hcd.secretariat@gmail.com
☆役職
 事務局長
☆職員
 1名雇用中、1名募集中
☆告知
 支援者・支援金募集中

一般社団法人熊野レストレーション
 森林里山保全ボランティア
 テクニカル災害支援
  森林里山保全事業
  森林レクレーション事業
  中山間支援事業
  DRT事業
  非公認の山岳部
 尾鷲市北浦町1-8
  キタガワノホトリ内
 TEL:0597-22-5554
 FAX:0597-22-5554
 mail:hcd.secretariat@gmail.com
☆役職
 代表
☆告知
 会員・賛助会員募集中
 就農希望者募集中(2名)

■資格
 普通自動車運転免許
 アマチュア無線
 第2種電気工事士
 246類危険物取扱者
 高校専修工業
 中学校第1種技術

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カワムーと、尾鷲で食べ廻り
岐阜から、カワムーが来てくれました。
もう、4・5年前ですが、伝説の男です。
カフェに1ヶ月くらい、居候してました。

アマチュアで総合格闘技をしていて、尾鷲を出たあとは、東京でプロに転向しました。最後?の試合を、ディファ有明へ見に行きましたが、惜しくも決勝で敗れました。本人は、だいぶとスッキリしているようです。

その彼から、突然電話がかかってきて、28日~29日にかけて尾鷲に来ると言ってきました。東京から岐阜の実家に戻り、新たな?道に向かっている彼だけに、久しぶりの再会でした。昨日の夕方に会うまでに、彼は八鬼山を往復し、「足にきて4回も転びましたよ、ハナシさん」と、相変わらずでした。しかし、娘にプレゼントまでこうてきてくれて、なんだか気の利いた青年になっていました。

おにぎり静で、娘と3人で夕食を食べ、「おにいちゃん」と娘は興奮しました。やはり、初っ端のプレゼントが効いていたようです。娘にとっても、初めての静でしたが、メヒカリやチリチリのイサキの刺身、メヒカリの塩焼きなど、静らしいおいしい尾鷲のごはんを堪能しました。最近、刺身を食べさせ始めている娘は、ガスエビの刺身の虜になり、5匹も食べてしまいました。アレルギーは大丈夫ですが、煮たガスエビが大好物だけに、「エビ、エビ」とうるさいくらいでした。

その後、夢古道の湯に行って、3人で長湯しました。といっても、娘に気を使いながらなので、それに合わせてくれるカワムーの成長ぶりにも驚きしました。けっこう、ふらふらと猫のように行ってしまう男だったのに、甲斐甲斐しく娘の世話も焼いてくれました。時の流れは、宇宙人だった彼を、地球人に変えていったのだと思いました。それは、もしかすると自分にも言えていんるだなとも思いました。「ハナシさん、変わりましたねー」と、彼に言われてしまいました。

お風呂を出たあとは、保育園での疲れもピークになった娘が、程なく車で寝てしまいました。そのまま、飛鳥町の実家まで連れていき、寝るのだけお任せしました。久しぶりに、夜の街をカワムーとわたりましたが、急なお誘いに合流してくれたHさんにも感謝です。ぜひ、カワムーと引き合わせたかったので、久々の海月的異文化交流になったと思います。よい時間をまったりと過ごしましたが、こういう時間が、当時のカワムーと海月には、毎日のようにありました。
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次の朝、娘を保育園に連れていき、モーニングもする筈でしたが、カワムーは爆睡で、そのままお昼まで寝ていたようです。クリームのプライベートゲストハウスで泊まった彼を迎えに行き、お昼は夢古道おわせのランチバイキングにしました。彼のたっての願いで、「ここはいいですよねえ、ハナシさん」、「海と山が見えるのはステキですよね、ハナシさん」と、興奮していました。天満浦百人会が当番の日で、少しづつほとんどの種類を食べました。
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iPhoneなんか使ってる


移動していると、パン屋が気になったと、ラパンに入りました。イートインできるので、場違い的な2人でしたが、「こういうのあるんですねえ、ハナシさん」、「雰囲気いいじゃないですか、ハナシさん」と、カワムーの反応は上々でした。彼の直感というか、五感で感じて口に出る言葉は、尾鷲がいかに素晴らしい街かを代弁しています。かといって、ダメなものの反応も早く、的確に何がダメかを指摘します。見た目ではわかりづらいですが、彼にはそんな才能があって、その反応を確かめながら会話を進めていく面白さがあります。

娘を一緒に保育園に迎えに行き、地元スーパーで、地元の魚を買い込み、彼は岐阜へと帰っていきまました。ゴルフのワゴンなんか乗っているカワムーは、尾鷲滞在中に語り合った会話を思い起こしても、果てしなく成長していました。人生のターニングポイントは、自分でも気づいているもので、彼はそれをとつとつと語っていたのも印象的でした。

「(キタガワノホトリ)ここ、面白くなりますよ、きっと、ハナシさん」…彼の言葉は、外れた試しがない。

by kurage874 | 2011-09-30 00:12 |  owaseを食べる
すくすく育つ
明るい話を…

登園するとき、「まぶしい」ってのが口癖に。
このごろのお気に入り言葉で、実はこれがお目当て。
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すぐに飽きるのだが、毎日のように「して」っていいます。
こうしているうちに、朝のおやつの時間は過ぎていきます…
でも、今日は早かったよ!
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夜はといえば…オトンのパジャマを持ちだして…
上下を上手に着ましたが、「おっきい」って当たり前でしょ。
でも、ご機嫌でしたよ!

なんとかかんとか、2人で成長しています。

by kurage874 | 2011-09-27 22:18 |  さらさに贈る言葉
【紀伊半島生活取戻し隊】第4次隊募集のお知らせ
今週は、平日の30日(金)から活動します。

そろそろボラセンの終息もささやかれていますが、本隊のニーズは活動を必要としています。
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五郷町のふれあい公園の仕上げができていません。
また、飛鳥町内での活動も手をつけていません。
難しいニーズもあるので、協議しながら活動します。
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9月7日の地元紙


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9月24日の同所


チェンソーは必須です。素人ではない参加を切望します。
ただ、素人やこれからの人向けに、チェンソー講習したいです。
この際に、メーカー巻き込んでできないか考えています。
もしも、アイディアある方は、端無までメールください。
災害救援用チェンソー講習です。ニーズ絶対あります。

なお、1日(土)は、尾鷲イタダキ市があります。

一緒に楽しんでからの活動でもいいですが、端無の参加は14時頃からになります。コーディネートしてくれる方がいれば、通常通りに作業をしてもらって大丈夫です。これもまた、ご相談ください。


東紀州コミュニティデザイン
防災・減災事業部 端無
kurage874@mbd.nifty.com
090-8658-6601

by kurage874 | 2011-09-26 23:33 |  東紀州コミュニティデザイン
オトン39歳、新たな決意
25日に39歳になった。

実家に行くと、娘と姪っ子たちがケーキを用意してくれてた。
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この日は、朝から災ボラの準備をしていたけど、尾鷲市に大雨洪水警報が出てしまった。現場となる五郷町は持ちこたえそうだったけれど、尾鷲市に警報ではそうはいかずに中止にした。幸い、参加者が少ないこともあるが、出鼻をくじかれた感じになった。

ふて寝してると、寒かったのと、急に疲れが出て熱がでた。弱いなあ、と思いつつ、15時に合わせて実家に行った。それで、このイベントである。嬉しいねえ。娘らは大はしゃぎで、娘にいたっては、自分の誕生日みたいに、ローソクの火を消して、ケーキにもがっついていた。手づくりのメダルや、寄せ書きも用意していて、39歳は盛大に祝ってもらった。

でもね、オカンがおらんのさね。

この件については、まだ書かない。いまはまだ書けない。書くと、怒りにふれるので、僕はずーっとガマンしている。9月のあの台風12号のさなかに、娘と2人、僕は決死の覚悟で鳥取県倉吉市まで走った。ほんま、必死だった。この話は、まだ書けない…

39歳になり、娘とは37歳の違いになった。娘が20歳になると、オトンは57歳である。37年の開きは、やっぱ大きいと感じるし、僕の体が言うこときくまでに、娘には生きて行く術を身につけもらわなアカンし。僕のような人生ではイカンけど、せめて人さまに後ろ指を指されない人生にはしてやりたい。オカンがおらんかってもね。

39歳になり、僕は深く考えている。

38歳の誕生日も、ささやかに祝ってもらった。
病室の妻は、僕の誕生日を忘れていなかった。
この時のエピソードは、僕は墓にまで持っていく。
妻と2人だけの内緒のイベントだからだ。

僕は、いまのいままで、なんにもぶれてはいない。
ただ、娘が大きなったら、話をするかも知れない。
オカンが、娘を捨てたわけじゃやないことの証として。

■さらさ1歳の誕生日と、読者の皆さまにお知らせ
 http://crepm.exblog.jp/15024310/

■希望をもつということを
 http://crepm.exblog.jp/15381363/

by kurage874 | 2011-09-26 23:16 |  さらさに贈る言葉
【紀伊半島生活取戻し隊】第3次隊2日目の活動
今日も抜けるような青空でした。
夜は、星降るようなまたたきでした。

赤目の里から、伊井野さんが来てくれました。
私にとって、みえNPOネットワークセンターのボスです。
この方のバイタリティは、ミスターNPOって感じです。
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若い力が集まりました


今日の目標は、ステージに残っていた倉庫の屋根一式です。最後の方にとっておいたのは、周辺を片付けて、シンボル的に残ったステージのこれをやっつけると、印象的にも片付いたと見えるから。こういった演出は、ボランティア的には全く関係のないことですが、地元の方にとっては、大きく心に響きます。いや、そのはずです。だから、ここでの作業は、取り付く前にイメージを膨らませました。
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屋根の下を抜いていきます


今日は、小型ユンボを待機させていたので、まずは屋根の下を抜きました。あとで、屋根を引っ張り倒し易くするためです。複雑に絡んだ流木などを撤去し、曲がってねじっている材を見極めて切っていきます。名張からの2台のチェンソーで、大体の形が見えてきました。私のハスクがないのは、私の不注意で焼き付かせてしまったからです(詳しくはTwitterで)。
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ガラガラガッシャーン


午前中の四苦八苦とは裏腹に、ユンボの怪力はすごいです。あっという間に屋根が倒れ、ベリベリと解体されました。この作業をし易くするための手作業でしたが、やはり重機は必要です。これを人力でやっていたら、あと終日かかったでしょう。ボランティアでやると、ボランティアしか満足しませんが、機動力ある作業は、地元にとってはわかりやすいです。この違い、わかるかいなあ。
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スッキリ


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あとは手作業


昼食のあと、残った屋根の解体と、ステージの見栄えを良くしました。今日も、お昼ごはんの差し入れがあり、彼岸だからと手づくりのおはぎもありました。このおはぎのうまいこと!また、地元でしか食べられない古漬けのめはり寿司もあって、カウンターパートのMさんにはお世話になりっぱなしです。あと、五郷で自家栽培されている番茶は、すっきりした喉越しで好評です。
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50年生くらいか?


生木の流木は、太いほどに切りにくく、湿ってもいるので厄介です。小口に切っても重量があるので、足に落とさないかの注意も必要です。写真のYさんは、マイソーの手入れも入念で、あちこちの玉切りをしていただきました。取り回しのいいサイズのチェンソーは、やはり40ccくらいかいなと思います。僕は、マイソーを修理見積もりに出しましたが、新品を購入するなら、値段を考えてゼノアにしようかとも考えています。ハスクの半分くらいかいなあ…それでも8万くらい?
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大まかに分別


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写真中央が伊井野さん


伊井野さんに出合い、僕は大きな刺激を受けています。人の魅力って、やはり湧き出ているものだと感じます。かといって、神がかり的に惚れ込んでいるわけではありませんよ。伊井野さんのようなオーラは、人を惹きつけ、人に刺激と影響を与えます。あやかりたいと思う前に、そういった人になる努力と気づきをしないとね。
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スロープだったんだ、ここ


ちょっと時間を延長し、ここまで片付けることにしました。終わろうか考えていると、伊井野さんから提案があって、「気持よく帰れるように」とあったのです。おかげで、やった感がでました。見違えるようにステージ周りが片付きました。
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きれいになったでしょ


このふれあい公園は、その名の通り、五郷町民の憩いの場でした。帰りがけに、散歩に来たというお二人連れが、「毎日やってくれとるの見とって、お礼を言いに来たん」と言ってくれました。人の力で、ここまで片付くとは、思いもよらなかったとも言ってくれました。些細なことかも知れませんが、地域の活力に繋がる場所には違いがないので、ここに目星をつけて正解だったと自負しています。

明日は、最少人数の5名に達していませんが、せめて午前中だけでも、残りの作業をしておきたいです。何よりも、天気が良いのもあります。さすがに、3日連続、延べ7日連続は、なまくらな体に刺激が強すぎます。しかし、このくらいしておかないと、訛った体は元に戻らないでしょう。、おかげで、筋肉痛と腰痛もありますが、体と精神は引き締まってきた感じがします。また、適度にサボっているので、なんとか持ちそうです。

やはり、誰かがしないと進まないのは確かです。

by kurage874 | 2011-09-25 00:53 |  市民減災まちづくり
【紀伊半島生活取戻し隊】業務連絡など
こういったことは、書き留めておくのが基本です。
ちょい長いですが、大事な考察もしておきます。

思うところあって行動しました。
Yさんと、いせコンビニネットが背中を押しました。

今日の活動の帰り、熊野市災害ボランティアセンターの野口サテライトに寄りました。ここは、飛鳥町と五郷町のボランティアを統括しています。紀伊半島生活取戻し隊の活動後にできたサテライトですが、ちょいちょい気にはなっていました。まあ愚痴っぽいことは抜きにして…

ここを統括している社協職員と話をして、僕たちの活動や課題、野口サテライトとの問題点、今後の方針などを立ち話してきました。僕の存在はなんとなく知られていて、僕のことや、僕の親父のことをしっている職員もいました。実は、こういうことが大きいな進展になるとも思っていました。

主な提案については、

1.野口サテライトと、紀伊半島生活取戻し隊の連携
2.チェンソーニーズは、本隊に直接連絡
3.その他のニーズは、野口サテライトに連絡
4.本隊による活動報告書の提出と、事前活動の報告
5.本隊への災害派遣等従事車両証明書の発行
6.団体ボランティアの受け入れの場合は、相互に連絡

以上でした。

■H23年台風12号に係る災害派遣等従事車両証明書の発行
 http://www.pref.mie.lg.jp/TOPICS/2011090142.htm

この話をしてきたあとに、みえ災害ボランティア支援センターの山本センター長に電話を入れ、この内容と見解を聞いておきました。また、その後の夜には、熊野市災害ボランティアセンターのセンター長から電話があり、提案内容の見解と、今後の連携を電話会談しました。概ね、提案内容は了承され、今後の活動に弾みがついたと感じました。また、センター長とも縁があり、まさに人の繋がりが面倒なことを飛び越えたといった感じです。


今回の紀伊半島豪雨災害のボランティアセンターを見ていると、三重県側の印象ですが、社会福祉協議会主導でボラセンが設置されています。本来は、どこが設置してもいいのがボラセンですが、2004年の三重県豪雨災害以降、三重県では社協が主導するような形となっています。それまでは、県内でのボラセン設置がなかったので、2004年の当時の海山町でのボラセン設置が大きな起因になっているとも感じます。このときの設置には、僕も参画しています。

■(元)海山町災害ボランティアセンターの活動とその後の防災・減災活動
 http://miyamadvc.exblog.jp/

しかし、あのときは、僕は個人で海山入りしましたが、当時のみえ災害ボランティア支援センターの後押しを受けていたのも事実です。近くに住んでいるコーディネートを出来る者が、それが社協関係者でなくとも参画できたのです。結果論でしょうが、あの時のボラセンには、社協職員も、外部のNPOも、地元の有志も、ボラセン運営に参加できました。それぞれに役割分担があり、当時の反省もありますが、ボラセンとしては面白い試みもやれていました。

いまのボラセンは、完全にマニュアル化され、社協職員にコーディネートや経験のスキルがなくても、設置や運営ができるようになりました。また、応援社協の体制がすぐに取られます。しかし、それで自己完結してしまうので、拡がりがない印象を受けてしまいます。なんのために、官民協働のみえ災害ボランティア支援センターがあるのかと、憤ることもあります。それでも僕は、現場第1主義なので、現場で活動する人たちが全てだと考えています。あとは、僕自身にできることを考えて行動するまでです。しかし、海山町災害ボランティアセンターのような、社協とNPOのネットワークを生かしたボラセン運営から見ると、なんだか後退していった気がしてなりません。

僕なりの海山での反省は、地元社協の職員に頼り切った面があることです。自ら被災し、被災前からの混乱したままで、ボラセンの運営も余儀なくされました。そのときは、仕方のない状況でしたが、被災した自治体の社協職員までもが、ボラセン運営の主体になるのは酷な話です。また、常に災害系を担当する余裕がない状況が、いまの社協にはあります。僕の感想では、よほどの余力とアフター5での自己努力がないと、社協職員が災害対応までするには限界があります。好きでやるならまだしも、そこまでしなくとも、世の中には災害・防災・減災に卓越したNPOや個人が存在しています。ここをうまく使う手はないのに、社協との壁があるように思えてなりません。実に、もったーない。

以上を考えても、三重県においては、2004年以降のボラセン運営のあり方を、再考する必要を強く感じています。今回も、社協主導のボラセン運営のデータが集められているはずなので、当時の海山町災害ボラセンとの比較検討をするべきです(当時の僕は、事細かなデータを冊子に記録しています)。そこから、よりより形を模索し、次の災害に備えるシステムの再構築を提案せずにはいられません。僕たちが備えなければならいのは、豪雨災害もあるでしょうが、見据えるのは3連動地震と津波なのです。とくに、東紀州地域においては、甚大な被害と生き残った者への試練が待ち受けているのです。それを考えると、いまのシステムでは乗り切れないと考えるのは、僕だけではない気がします。2004年と2011年に、その検討をするだけのデータと経験が培われたのです。この契機を逃しては、僕たちは同じ轍を踏み、この地域を再生するだけの気力を失う恐れすら感じています。

今回、僕はかなりの遠慮をして、自分の出来る範囲の最小でしか動いていませんでした。それは、2004年のときの総括をされないまま、宙ぶらりんでここまできた苛立ちや憤り、不甲斐なさを感じていたからでもあります。しかし、Y氏からの相談や、紀伊半島生活取戻し隊に参加してくれている仲間からの話や提案に耳を傾けているうちに、先手を打って活動しなければ、このままではムタムタになるとの考えに達しました。いせコンビニネットの関係者の話が、最後の1歩を後押しした感じです。山岳での遭難を美談化するようなことがあっては、次の遭難を招いてしまうだけと同じ事だと思うのです。

やはり、ボラセンの運営は、社協とNPOの連携です。また、自治体行政がそれを地域防災計画に明記し、信頼できる外部の社協やNPOに、ボラセンの設置と運営を任せることが出来るようにするべきです。やがては、社協は本来業務に尽力し、NPOがそれ以外を担当することがきでれば、復興のスピードも加速する気がします。自治体行政が後押しすれば、地域住民の信頼も得ることができるでしょう。三重県においては、防災ボランティアコーディネーターや、被災地での活動で経験を積み、抱負なスキルを持った人材が点在しています。実際に行動することが出来る人材が集まって、県内各自治体行政と連携するシステムをつくるのです。それを、三重県行政が県議会と共に後押しすることができれば、官民協働の動きができるかも知れません。それが、いまの鈴木知事が言う『協創』だとこじつけておきます。

いましかできないことは、今やるべきです。
躊躇していては、地震と津波がやってきます。
壁があるとすれば、それは県民にとって不幸です。

by kurage874 | 2011-09-24 01:16 |  市民減災まちづくり
【紀伊半島生活取戻し隊】第3次隊初日の活動
今日の熊野市飛鳥町は、この上ない秋の空でした。
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遠くに見えるは保色山


五郷町も同様で、いまは見慣れた活動場所も、心地良い川風が吹いていました。ここに”ふれあい公園”ができたのは、単に場所があったからではなく、ここに公園が必要だったからだと思います。もしも、再び公園が甦るとしたら、親水公園として復活したらいいのになと感じています。
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この場所で3日目


今日は、伊勢市内よりワゴンで9名がやって来ました。岩手県下閉伊郡山田町での活動でもご一緒させていただいている、いせ市民活動センター経由のボランティアでした。なにかと、このセンターとはご縁があって、学ぶことが多いです。
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今日はこっちも着手


あと、リーピーター参加もあって、これも実は嬉しいです。紀伊半島生活取戻し隊の活動が、認められたような気がするからですが、リピート率も高いほうです。こじんまりとした活動なので、顔が見える、相手の活動がなんとなしに把握できる、そんな活動をめざしています。かといって、活動に過度な制限や仕切りを加えたくはないので、ダラダラ活動していいが基本です。言葉の表現悪いけど。
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これで45年生くらいか


流木と言っても、太いのはこのくらいあって、チェンソーにも能力がいります。ミニバイク並みの排気量がいるので、それを両手で支えるのは、握力も体力もコツも入ります。僕のような素人では、切り口をお見せするのが恥ずかしいですが、これを長さ1尺半くらいで玉切りすると、ソーチェンの目立てもひっきりなしです。また、この目立ても、素人見習いなので、まさに四苦八苦です。
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こういう見苦しいのも取り払いたい


1尺半に細切りするのは、地域住民の方が風呂の薪用に持って行くからで、丁度よいサイズから無くなっていきます。なので、流木などを分けるにも、持っていきやすように分けています。こういったことは、実はしなくてもいいことですが、せっかくの流木を資源として再活用してくれる人がいるので、手間でもそういった作業をしいたいのです。夕方になると、軽トラックなどで回収に来ています。また、そういったことを念頭において活動していけば、もっと地域住民の理解は進むと思っています。
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マイソー


僕たちの活動は、チェンソー使用が必要なニーズです。また、その作業をサポートしてくれるボランティアも必要です。この両者の活動によって、作業効率はかなりアップしていきます。活動を見ていると、初めての者どうしでも、うまく連携がとれていると感じています。そういったコーディネートまでできないので、これは本当に嬉しくありがたいです。

僕は使っているハスクの242XPは、年季の入った旧型です。前回の作業で部品をなくしてしまい、どうにか使用できるように応急処置してもらいました。なんとか玉切りできていましたが、一度ストップさせたら再起動しなくなりました。エンジンが焼き付いたようでもないですが、プラグか、燃料かいなと思います。近くの機材屋さんにあずけてきましたが、どうか動いてくれますように。愛着あるチェンソーですが、僕はチェンソーの魅力のトリコになっていると思います。
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この一帯は完了


今日の活動は、16時には本隊があがり、僕とYさんとNさんが、居残り作業しました。といっても、30分くらいです。差し入れのアイスクリームが届いたので(本隊の帰着と入れかわりに…残念)、すっかりだらけてしまいました。でも、時間に縛られない言うか、三々五々活動していい活動は、管理型のボランティアとは違った”味”があり、地域の良さに触れることも容易です。自分なりの発見もあり、こういった活動があってもいいと感じています。できれば、チェンソー講習もできるような活動がしたいとも思っています。これ絶対ニーズありますよ。
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明日はいよいよココ


明日は、名張市内から団体で来てくれる予定です。なばりチェンソー部隊といったところです。最後までとっておいた?このステージに引っかかっている倉庫の屋根を解体します。そこまでボランティアがやる必要があるのかといえば、それは賛否両論あるでしょう。しかし、ここに数日いるだけで、この場所が五郷町の住民にとっては、なんらかの思い入れのある場所であり、目立った被害が残っている場所でもあります。今日も、多くの方が現場を見に来ていたし、カメラに収めているのを見かけました。ぜひ、いまは元には戻せないけれど、瓦礫や流木ない状態にはしておきたいです。まちのシンボルを復興させることは、まちの大きな活力に繋がります。それは、僕の信念でもあります。

今日も1日、怪我なく事故なく活動できました。それが何よりですし、来ていただいた皆さまには、本当に感謝をします。ありがとうございます。

また、明日。


東紀州コミュニティデザイン
防災・減災事業部 端無
kurage874@mbd.nifty.com
090-8658-6601

by kurage874 | 2011-09-23 23:34 |  市民減災まちづくり
【紀伊半島生活取戻し隊】第3次隊募集のお知らせ
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詳しくは、チラシを参照か、お問い合わせください。

今日までに、飛鳥町と五郷町のニーズ(ボランティア要請)を受けています。どちらも、チェンソーやスキルのいるボランティアです。かといって、普通のボランティアも当然に必要です。あたりまえですが、危険作業を伴う現場での混成チームになるので、集団活動できる方に限ります。

なお、チェンソーについては、マイソー持参で、玉切りできる方を募集しています。ニーズでは、30~50年生の生木や丸太の玉切りが必要です。よじれているかも知れないので、リスクのある処理になることをご了承ください。また、すべての準備を出きる方に限ります。燃料、替刃はございません。

また、山間部のニーズも受け付けています。
まずは、ご相談いただいて、私たちで対応できるか検討・相談します。
躊躇せずに、まずはご連絡をお待ちしております。

※おことわり
紀伊半島生活取戻し隊ですが、自由勝手に活動しているわでなく、地元関係者や行政・ボラセン関係者と密な連携をとっています。ボラセンの手が届いていないニーズを片付けるので、ピンポイントでの活動になります


東紀州コミュニティデザイン
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TwitterやFacebookでもOK

by kurage874 | 2011-09-22 21:46 |  東紀州コミュニティデザイン
オトンと過ごす
朝の6時22分に、保育園からのメールが来た。

暴風警報で自宅待機、つまり休園の案内で、「やっぱりか」とまた寝た。しかし、「議会があるし、9時半からはどないしようか?」と考えてたら、7時半頃だったか議会事務局より電話があって、議会が休会になった。これで、ちょっと安心して、2度寝した。

雨が強くなってのを気にしつつ、親子でベッドの上をあちこち転がり、気づくと娘に起こされた。「オトン、おきよ」、娘のこのオトンの響きがたまらない。ゴソゴソと起きて、パンをかじり、昼までは家でゴロゴロした。台風の進路と天気図からは、尾鷲市街は大丈夫だと判断できた。しかし、お昼頃に、飛鳥町の実家から、「全町に避難指示が出た」と電話が来たときは、「体制取っているのかな」と考えた。飛鳥でも、とくに五郷でも、避難所となっている場所自体が危険であったり、移動するにも橋がない五郷町なんかは、どこが安全なのか躊躇してしまうだろう。

昼を過ぎた頃になると、雨も上がり、日差しで明るくなってきた。8時~11時までがピークだっと振り返りながら、家遊び限界の娘とオトンが外に出た。蒸しっと暑く、おまけに、駐車場のバモスの荷台に置いていたチェンソーなどの資機材がびしょ濡れだった。ただでさえ、ハスクのチェンソーは要修理なのに、動いてひと安心した。

午後の予定は3件あったので、しかも娘同伴の要件だったので、まずは腹ごしらえに、1件目の凛に行ってきた。一度、娘と凛の尾鷲ごはんを食べに行こうと決めていたので、今日は水曜日のフライデーも後押しした。予想通り、娘はよーく食べてくれて、凛のおっかちゃんにリードしてもらったので、集中して食べてくれた。なんでも食べ、愛想もしてくれて、オトンとしては鼻が高かったよ。

帰りに、近くのル・コトに寄って、娘と食べる菓子パンを数個買った。このパン屋では、娘は店の前や店内の装飾がお気に入りで、「これかわいいねえ」を連発していた。まだ居たそうな娘であったけど、3件目の用事が時間指定だったので、ちょい急いで移動した。

歯医者でフッ素塗布をするためで、尾鷲市より無料券が届いていた。9月までに期限であったので、なかなか時間を見つけれず、今日しかないと予約をしていたのだ。初めての歯医者で、どうなることかと心配もしたが、なんのことはない、借りてきた”賢い”猫のように、「あーん」と口を開け、「うがいするん?」と訪ね、「賢いねえ」との言葉に笑顔を見せていた。なんとも、オトンは鼻が高い。フッ素を塗布した歯ブラシももらったので、ご満悦で帰ってきた。

途中、さすがに気苦労したのか、ジムニーのなかで寝てしまい。しばし、親子でウトウトした。雨はすっかり上がり、やがて起きだしてきた娘を連れて、赤堤防まで散歩に行った。
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実は、寝てしまったのは、気苦労よりも、歯医者帰りのスーパーでの出来事も大きかったやろな。レジまでは普通に「おかいものするん」とゴキゲンだったが、レジ台になぜかマクドの景品があって、それがちびまる子ちゃんのやつだった。しかも、家であるのとおんなじで、それが欲しいといいだしたのだ。触ってみたくなったのが実のところだろう。

しかし、埃まみれだったし、レジには人も並んでいたので、オトンは心を鬼にして、なんとかなだめて帰ろうとした。しかし、そこは天下の頑固娘。「いやなん」、「オトンバイバイ」とまで開きなおられ、涙までみせて駄々こねた。眠たいのもあったろうが、こうなるとテコでも動かないし、好物を与えるには、フッ素の塗布から30分は食事をしないでが足かせになった。

仕方なく、「じゃあ帰るよ」、「バイバイ」と手をふるので、そのまま店の外に出てくると…「オトーン」と真っ赤にぎゃあ泣きで追いかけてきた。さすがにそこまで泣くとは思いもしなかったので、オトンは反省しつつギューと抱きしめてなだめるしかなかった。こう言う場面に、オトンと娘の2人きりの切なさを感じてしまう。やっぱり、病気であろうと母親の存在は、オトンにも娘にも必要なのだ。

その帰りに寝てしまい、罪滅ぼしではないが、近い意味もあって赤堤防まで行ったのだった。「からすさーん」、「かもめおるねえ」、「なみこわいね」、「ふねいっぱいやね」と、言葉をありったけしゃべりながら、娘はすっかり機嫌を直したと思うようにした。帰ってきたら、「ごはんたべるー」とゴネ出したので、急いでカレースープと豆腐と、いただいた惣菜で夕食にし、夜はまた2人きりで遊んだり、本を読んだり、洗濯をしたりして過ごした。

僕も、妻も、双方の親に育てられてきた。それは、生まれた時から物心もついて、一人前になるまでずーっとだ。しかし、娘は、それがあるとき突然に叶わなくなった。まだ、2歳になったばかりなのに…いや、そういう環境にあったのに、そうさせてもらえなくなってしまった。ここでは、まだ書かないけれど、僕は1本の柱を自分の心に突き立てた。そういった出来事が、9月の最初にあったからだ。

明日からまた、保育園がはじまり、運動会の練習をするのだろう。このごろ、保育園での話も聞かせてくれるのだが、内容はほとんど理解できていない。しかし、娘が一生懸命に語ろうとしている何かを、オトンはない想像力で言葉に変換し、「そうか、えらかったなあ」とか、適当に相槌をうってやるくらいしかできない。

オトンと過ごせる日々は、実はそう長くはない。

子どもは、成長するに従って、自立をしていくのだから、親子であるという絆でしか繋がっていない時が来るのだ。また、そうでないと、いつまでも試練は乗り越えられない。僕と、妻と、妻の両親たちに与えられた娘の試練は、娘自身が乗り越えなくてはならない時が来るのだ。しかし、オトンは全身全霊で、試練を乗り越えられる手助けをし、陰ながら支えていくのだ。

それができるのは、オトンしかいないのだ。

by kurage874 | 2011-09-21 23:52 |  さらさに贈る言葉
くーねると88を置いています
台風はあっという間でした。

カフェ関係は久々です。
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9・10月号


くーねるは、三重県内で発行されているフリーペーパーです。読み応えある無料誌なので、気に入っています。今回は、海月の興味を惹くほどではなかったですが、好きな構成があるので、やはり気に入っています。
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No.29


今号の88は、ちょいページ数が少ないです。でも、テーマが良かったです。日本再考というテーマの”再考”は、海月に響くキーワードです。

ともに、カフェに置いてありますので、お気軽にお持ち帰りください。

by kurage874 | 2011-09-21 22:54 |  クリーム日記