海月による東紀州からの情報発信~ぜひ遊びにきてい~
by kurage874
カテゴリ
プロフィール
■ブログネーム
 海月(くらげ)

■本名
 端無 徹也
 (はなしてつや)

■棲んでいる所
 熊野市飛鳥町佐渡874-1

■やっていること
キタガワノホトリ
 東紀州市民活動支援センター
 尾鷲市北浦町1-8
・付属施設
 ・CReAM(クリーム)
  コミュニティカフェレスト
  (レンタル)
  日替りコックさんのランチ
  1日店長のお店
 ・ヤキヤマロック
  (レンタル)
  ボルダリングスタジオ
 ・二瓶窯
  (レンタル)
  石窯
 ・アトリエウミノハタ
  (テナントスペース)
   プロジェクトCReAM様
   ステキ工房オワセ様
 ・スギノハコ
  (チャレンジショップ)
   サロンHASU様
 ・CO-DO(コドウ)
  (レンタル)
  ギャラリースペース
 ・音楽室
  (レンタル)
  音楽スタジオ
 ・名称検討中
  (クラフトスペース)
   PureMarin様

・キタガワマーケット
  毎月第3日曜日
  9時半~16時半
☆告知
  出店者募集

 営業日
  平日 9時半~16時半

 TEL:0597-22-5554
 FAX:0597-22-5554
 mail:hcd.secretariat@gmail.com
 駐車場有、トイレあり

◆(特非)みえNPOネットワークセンター
 中間支援組織の集合体
☆役職
 理事

東紀州コミュニティデザイン
 中間支援組織
  コミュニティカフェ事業部
  キタガワノホトリ事業部
  中間支援事業部
  防災・減災事業部
 尾鷲市北浦町1-8
  キタガワノホトリ内
 TEL:0597-22-5554
 TEL:080-2627-2080
 FAX:0597-22-5554
 mail:hcd.secretariat@gmail.com
☆役職
 事務局長
☆職員
 1名雇用中、1名募集中
☆告知
 支援者・支援金募集中

一般社団法人熊野レストレーション
 森林里山保全ボランティア
 テクニカル災害支援
  森林里山保全事業
  森林レクレーション事業
  中山間支援事業
  DRT事業
  非公認の山岳部
 尾鷲市北浦町1-8
  キタガワノホトリ内
 TEL:0597-22-5554
 FAX:0597-22-5554
 mail:hcd.secretariat@gmail.com
☆役職
 代表
☆告知
 会員・賛助会員募集中
 就農希望者募集中(2名)

■資格
 普通自動車運転免許
 アマチュア無線
 第2種電気工事士
 246類危険物取扱者
 高校専修工業
 中学校第1種技術

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串あげ 橋本屋駅前店
とうとう行って来ました。

東紀州コミュニティデザインの助っ人職員に、津より馳せ参じていただいているので、いつものメンバーで歓迎を兼ねました。この職員のSさんは、小学校6年生まで矢浜小に在籍していたとのことで、この夜のメンバーにも馴染みがおりました。世間は狭い、だから人と人を突き合わすのは面白い。
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実は、食べるのに必至で、写真はこれだけです。
食事を楽しむよりは、串あげというテーマパークでした。
尾鷲にはない新感覚の店舗なので、面白いスポットです。

■店舗の楽しみ方
 1.時間制限があるので、空き状況などは電話で確認
 2.串あげ放題なので、まず食券を購入します
 3.アルコールもその都度に食券を購入します
 4.ソフトドリンクは、サーバーで自由におかわりできます
 5.串あげも好きなだけ選んで取れます。自分で揚げます
 6.サラダ、ご飯もの、味噌汁、うどん、デザートなども豊富です
 7.時間が終了するとお開きです

■ポイント
 ・店長自慢の一品物が逸品です。この日はイカの塩辛がGood
 ・アイスクリームがあるのがいいですね
 ・トイレが清潔で、開放感があります
 ・この立地で駐車場があります。徒歩1分圏内
 ・やはり油なので、臭いとハネは、ある程度覚悟です

水曜日が定休日で、時間制限により20時半が最終入店のようです。ショップカードの裏には、三カ条も書かれてあって、前精算、自分で揚げる、おのこしあきまへんで、となっています。

今度は、娘に体験させたいと思います。

by kurage874 | 2012-02-29 03:43 |  owaseを食べる
【熊野レストレーション】熊野市紀和町小船の梅まつりを支援します
※湯の口温泉のバンガローの宿泊希望者が5名を越えました。IVUSAの学生も宿泊するので、夜は皆さんで鍋を囲もうと考えています。インドから帰ってきたばかりの学生の話も聞きたいですしね。バンガローはあと4名可能です。女性も大丈夫です。間近になってきたので、数を確定することから、申し込みをよろしくお願いします。なお、当日のみの参加も大丈夫ですし、瀞流荘への宿泊もできますよ

イベントボランティアのお知らせです。

紀和町小船での梅まつりに、ボランティアとして参加します。
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概要が決まりましたので、皆さんにもお知らせします。ぜひ、イベントを盛り上げる裏方をやってください。また、3日の夜は、参加ボランティアで歓談しましょう。なお、宿泊される方は、予約の都合がありますので、お早めによろしくお願いします。

■【熊野レストレーション】紀和町小船の梅まつりにも参加します
 http://crepm.exblog.jp/17366552/

■【熊野レストレーション】紀和町小船の梅まつりで出店しませんか?
 http://crepm.exblog.jp/17419576/

以上、よろしくお願いします。


◆熊野レストレーション
 事務局 端無(はなし)
 kurage874@mbd.nifty.com
 090-8658-6601

by kurage874 | 2012-02-27 11:09 |  熊野レストレーション
三重県立図書館がオモチロイ
東北を記憶する月間
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河瀨直美監督も、田中利典氏も、奈良県に縁ある方たちです。

さっそく、予約をしてしまっています。
日程は、どうにか空けるまでです。

みなさんもいかがですか?

by kurage874 | 2012-02-25 00:13 |  市民減災まちづくり
NPOで働くということ
稼ぐのはしないといけない、儲けるまでしなくてもよい。

僕にとってのNPO活動は、お金で言うとこんな表現です。

生きていくには、ある程度の稼ぎが必要で、それはNPOだろうが、その他の仕事だろうが一緒です。でないと、国民年金や国民健康保険、または多くの税金ですら納められないし、娘を養うこともできません。

ただ、NPOで働くということは、いまの僕では非常に難しい境遇にいることなので、無駄遣いは極力避けたい生活をしているつもりです。その一端が、趣味の凍結です。尾鷲に来て、それまでの多趣味を凍結し、道具などはほとんど倉庫の肥やしにしてしまっています。山歩き、キャンプ、フライフィッシング、海釣り、フィルムカメラ、温泉旅行、車いじり、自転車などなど、あげると切りがありません。1日中、熊野の山の中で放浪していた頃が懐かしいです。しかし、食だけは切り詰めても凍結できません。だって、この地域は、食があってこその豊かさを謳歌できるのですから。

また、災害に絡んで趣味を出せているのがチェンソーですが、これはライフワークにしようとしています。自分にとってもWinWinの関係でないと、やはり無駄遣いには違いありません。でも、過去を振り返ると、この活動で回してきた自己資金は、通帳預金を見ても家1軒分では?と思うほどです。決して無駄とは思いませんが、「無駄やったね」とささやかれても仕方がない状況です。

いつも言っているのですが、活動が拡がっていないのは、第一に自分の能力、これに尽きます。また、第二以降はたくさんあって、この分野の国県市町の緊急雇用は、僕の活動と被ることが多く、痛手を被っています。また、似たような仕事が公的機関では雇用確保されているので、これも痛手です。NPOの仕事で関係者を訪れると、「あんたは行政の人?」って聞かれることもシバシバです。また、NPOとして参加する会議の相手先には、出張旅費や時間外手当のついた公務員がいることもシバシバです。そんなんで、よくも協働や新しい公などと言っているなと思うほどです。とある某会議への出席を辞めたのも、純然たる民間NPO以上に、ほとんどが公的機関の職員が集まっているからです。生煮えのような議論に、時間と薄いとはいえ能力を消費するのが、本当に無駄ではと感じて辞めました。

それでも、NPOで働くことは誇りです。いまは埃程度ですが、次に続く者たちに誇りを持ってもらえるような地ならしをしたいと考えています。おそらく、僕が活動しているうちは、NPOは仕事であっても、稼ぎまでには到達できないと考えています。しかし、その道筋をつけたり、基礎をこしらえたり、政策提言できたりは、十分にできると感じているのです。この地域で、それを視野に入れて活動する人間がいないと、率先する市民が残らなくなってしまいかねません。昨年の2つの大きな災害で、僕に確信めいた道筋が見えたのも確かです。2004年に志したことは、やはりこの地域だけでは成し得ないとも判断する結果となりました。

しかし、NPOでみた僕の身辺は、決して順風とも万全でもなく、むしろ後退しているのではと感じることの方が多いです。人の拠り所だった大同楽座を再び廃墟にし、コミュニティカフェのカフエクリームも、再びシャッター街の仲間入りをさせてしまいました。また、そこから派生したプロジェクトCReAMも、owasebon制作委員会も、いまは風前のともしびです。owasebonに至っては、次号の第41号で終刊する羽目になってしまいました。スタッフ不足を解消することができず、仕組みづくりと継続するコツを学んだだけです。その出力ができていないのは、本当に情けなく悔しい限りです。

それでも諦めないのは、第1に未練です。第2は絶対的にこの地域では必要と感じる信念です。この2つがあるうちは、僕がNPOで働くことに躊躇はないし、もっと上を目指したいと活動するだけです。そのために、みえNPOネットワークセンターの理事になり、県域のNPOの会議にも再び足を運ぶようになっています。そして、政策提言できる身近な立場として、市議会議員もしているのです。なので、議員側にNPOがわかる人間がいることは、実は大きな可能性だとも感じているのです。

昨年の台風12号の災害では、熊野市で頻繁にボランティアする機会がありました。このときは、NPOとしての参画でしたが、多くの住民には「尾鷲の市議会議員」として受け止められていました。これがやがて、熊野市議にも大きな影響を与えたと感じるし、熊野市議の皆さんにも、多くの支援と協力をいただく結果となりました。受け止められる立場で複雑な気分もありますが、刺激を与えるという点では、よいきっかけと今後の展開にもコツを知る機会になりました。今後も、僕にしかできないスタンスで、地域をまたいで活動していくことにしています。それが、熊野レストレーションの立ち上げにも繋がりました。

NPOで働くということは、僕にとっては真面目な仕事です。いつだったか、「議員とNPO(市民活動)は両輪の活動」と言って、「議員は何をやっても議員だろ」と、有権者にお叱りを受けたこともありますが、どちらの活動でも、結果として地域に貢献できているのであれば、あとは捉え方の問題でしかないのだと感じています。だからこそ、僕の活動は無駄ではないとの自負もあるのですが、さすがに手を取り合ってくれる身近な仲間がいないと、不安になることもあります。最後は、やはり人です。

猫の手も借りたいほどに、いまはスタッフが欲しいのですが、この地域で自立して生活基盤を築きながら活動していくには、それ相応と相当の認識と覚悟が必要です。もちろん、最大限の支援と協力はしますが、この指とまれをしてくれるスタッフを、全世界から募っていくことにもかわりはありません。絶対に、僕がやっていこうとする活動は、この地域には必要です。その必要性については、いまは周知も認知もままなりませんが、なんとなく1ヶ月ほど尾鷲に住んで、この地域をぶらりとするだけでも、その必要性に迫られると思います。率先する市民がいない地域は、過疎や少子高齢化などといったネガティブライフしかありませんが、率先する市民がいる地域では、過疎や少子高齢化を逆手にとった展開をしています。遠くの神さまが多いこの業界ですが、地域に根ざし、地域に支えられる仕組みづくりを本気でしていれば、結果はちゃんとあとから追いついてくると考えています。

NPOで働くことに誇りを持とう。
NPOとして自立することに精を出そう。

先輩方を見ていると、この業界での私は、実はど素人の領域なので、誰でも踏み込めると確信しています。それは、どの職域や立場からでも参画可能です。あとは、誇りを持てるかどうかだと感じています。

プラスな生活は、幸福度を増すのです。
この幸福度は、必ず周囲に伝染します。
それが、地域が輝くきっかけになります。

by kurage874 | 2012-02-23 02:51 |  海月のぼやき
川の字
やっと、気持ちが治まってきた。

2月は、最後の調停がありました。しかし、妻が来ないのをわかっていて、娘を連れて行く道理がありません。前回の1月の調停で、交代した妻の代理人より、「この調停に妻は出てこない」ことを告げられていたこともあります。”同居を求める調停”として、私から求めた調停でしたが、「妻が拒否をしているので、これ以上は意味がない」が主な理由です。ま、弁護士という代理人が変われば、それまでの積み上げもなにもが、180度も変わってしまうのは当然です。あるときは、妻の病状を全面に出し、あるときは、妻が正常のように判断できることを全面に出す。しかも、「妻は子どもには会いたがっている…」と言うこの言葉を付け忘れない…「だったら、裁判所でなら会えたはずですよ?もっとも、第3者機関を通じて会う算段もしていたはずですよ?」って、調停員に言うしかないのです。

大人の痴話げんかならまだしも、2歳半の娘が、そんな法律だなんだに振り回され、リスクを背負って倉吉なんかに行かなくてもよいと判断したのが、2月の調停でした。なんの躊躇もなく、「オカンに会えないのなら、行く必要はありません」と、裁判所に断りました。ただ、妻は娘には会いたがっていました。これは事実でしょう。私に会うことも嫌ではなかった。家族3人が異質な空間で数十分会えるだけでしたが、妻はなにも嫌がっても、面倒そうでもありませんでした。裁判所で3回だけ会えましたが、1ヶ月ほどの空き時間はあるものの、違和感もなにもなく、その時間は家族の風景が戻りました。妻も娘も、その一瞬が、連続して続いているかのようでした。当時の代理人も、調停員も、書記官も立ち会って、その場面に違和感がなかったはずなのに、代理人が交替した途端、妻がいきなり”拒否”の姿勢を示したというのです。

「なんで、さらさちゃんは、いつもパパと一緒なの?」

某スーパーで、年長のお友だちに言われていました。それは、なんの罪もない、正直な子どもの気持ちです。娘自身は、ポカンとしていましたが、やがては彼女自身が疑問を口にすると思います。そのときに、オトンはなんて答えればよいのかと躊躇します。オカンは、死んでもいなければ、ちゃんと戸籍にも入って家族のままでいるからです。ただ、事情があって倉吉でいてるだけ…そんな大人の事情を、この幼い娘にどう説明すればいい?ただでさえ、妻の病気や病状を伝える義務を負っているのに、それ以上のこの現実は、娘には理解しがたいと考えてしまいます。

…オカンは、病院から突然いなくなったんだよ。オトンは、約12時間後に知らされたんだよ。そのあと、他人の筆圧の残る離婚の意思を、法的用語を交えて文書で送ってきたんだよ。それは、あとの調停で本人から「離婚はしない」って覆されたんだよ。あなたと会うことが楽しみで、それ以上はなにも求めていなかったのに、いつの間にか、保険証のことや、預金通帳のことや、治療費や生活費の要求なんかを、オカンの言葉として伝えてきたんだよ。しかも、知らない間に、オカンの住所は倉吉に移されていたんだよ。それによって、扶養に入っていたあなたの情報も倉吉の住所地に行くことになりかけたのだよ。一方的に、オカンは裁判所に来なくなって、あなたに会いたいと言っておきながら、会える機会を自ら放棄したのだよ…

こんな現実を、どう伝えればいいんだろ?

だから、こうして気持ちを残すことにしたんさね。オトンは逃げないけど、オトンの気持ちは、いつか成長したあなたにどう響いてもいいと思っているんだよ。あなたなりに解釈して、それは大きくなるに連れて変わっていってもいい。もしかすると、オトンが間違っていたと判断されても仕方がない。でもね、いまの段階では、「オトンはやっぱり、オカンが好きで、家族一緒が普通の姿だと思うよ。それは、オカン自身も望んでいて、だからこそ、あんな苦しい治療にも耐えてきたんだよ。必至になって、あなたの成長を見届けるために生きようとしてきたんだよ」っと言うと、相手側に有利に話を持っていかれそうだけど、その気持ちに変わりはないんだよ。だからこそ、オトンはあなただけは、命をかけて守りぬく覚悟なんだよ。

妻には娘の成長を見て欲しい、娘にはオカンに会わせたいと奔走してきましたが、状況は悪くなるばかりです。会えるように話が進むと、不思議と妻から拒否をしてくるのです。妻の病状を利用しているようにも思えるし、妻が言ったとされる「娘に会いたいと思っている」というあの言葉と現実の乖離が、私の気持ちを大いに萎えさせました。法律の解釈で翻弄される娘を見ていると、そこまで試練を背負わなくてもいいと思ってしまいました。かといって、私と娘は一心同体で、妻側から何かを起こされれば、それは私にも、娘にも関係してくるのです。もちろん、私から事を起こしても同様です。そういう激突が今後に待っているのであれば、オトンは憤怒の闘神の形相で立ち向かうしかありません。妻への治療と、妻と語った夫婦の言葉と娘の将来などには、絶対の自信と確信があります。でも、それって法律云々の前では、なんの効力もないことを知ることにもなりました。

もう、そっとしておいて欲しいと思います。しかし、現実はそうはいかないでしょう。でも、娘はちゃんと成長していると思います。事実上、オカンのいない子どもとして、オカンの愛情を貰えずとも成長しています。オトンが、オカンの分まで背負って育児をしているのです。それは、夫婦で語った数多くの言葉が拠り所です。病気になったあとの妻は、娘はライバルであり、当然に我が子でした。オトンの取り合いをやりながらも、ふと正気になったように夢を語っていました。「川の字で寝たいねえ」って妻が言った通り、北浦の家に戻った短い間、妻と娘と私は、家族川の字で寝ることができました。夜中、娘の手を握る妻の握力が強く、その力をコントロールできないときがあるのを知って、私は何度も妻が娘の手を握らないかを心配しました。娘の顔もなでたりすることもあり、やがては私が川の字の真ん中になりました。歪な川の字にはなりましたが、それから毎晩、私は妻の手を握って寝るようにしました。手を握るたび、「フフ」って嬉しそうに笑顔になる妻の顔が、娘以上に幼くも見えたときがありました。あの頃が、私にとって一番の、家族の風景でした。

生きている以上、現実は厳しいものです。それに耐えたり、乗り越えたりしながら、私も娘も成長しています。その先にも途中にも、喜びや優しさや楽しさがあります。それが人生です。いまは頑なに生きていくしかありませんが、いつかは娘と2人、本当の自由のなかで生きていこうと考えています。やがては、娘自身が独り立ちして、この世界で胸を張って生きていけるようになれば、真の自由が来たといえるでしょう。そうなるように、オトンは走り続けるのです。

by kurage874 | 2012-02-22 03:05 |  さらさに贈る言葉
owasebon 終刊します
とうとうこの日がやって来ました。
っていうか、よくここまで持ちこたえました。

カフエクリームというコミュニティカフェがなくなり、それがあっさりとしていたので、確実な予感として持っていました。なので、驚きもなければ、感想もありません。おそらく、これまで長く関わってきたスタッフにも、焦燥感はあったとしても、それ以上はないのかも知れません。

昨日、第41号の編集会議のちょい前に、終刊のお知らせをしました。多くの意見もなく、またあったとしても、いまさらどうすることもできない空気がありました。なんだか、残っている方がバツが悪いみたいな感じは、こういった活動の最悪な終焉にも思えました。みなさん、本当に最期までよく残ってくれました。

スタッフ不足、資金不足のないないづくしのなかで、資金確保の道は意外と簡単でしたが、スタッフ不足だけはどうしようもありませんでした。第41号まで発行しても、赤字でないという現実は、ちょっと誇ってよいのかも知れません。しかし、人の出入りだけは激しくて、owasebonに関わっていただいた人を数えてみると、ざっと30人くらいいたと思います。

毎号12万円ほどの資金をかき集め、やりくりしていくのは、私にとっては楽しいものでした。何かをつくりあげていく過程というのは、実際の汗はかかなくとも、心の汗みたいなのは、毎回かいていた感じです。ここに、面白みを感じるスタッフがいなかったことも、ボディブローのように効いてきました。傍から見ると、こういった会計上の仕事は、かき集めた少ない入金の連続ですし、単純作業のデータ入力も面倒です。また、資金の調達先や調達方法も指南していましたが、これも傍から見ると面倒な仕事かと感じます。しかし、どれも私には面白いものでした。

なにせ、自分たちでやっている実感があるのです。
それが、ちゃんとowasebonとして形になるからです。
こない、おもっしょい活動は、なかなかないはずです。

また、私は編集責任者として、記者のデータ処理を一手に引き受けていたことも、仕事量の多さに自身がついていけないオーバーフローをしていました。旅先のホテルでデータ処理したり、妻が入院していた伊勢や千葉でも、送られてくるデータを処理していました。伊勢の時なんかは、夜中に尾鷲に戻って来て、ポストのUSBメモリをピックアップして伊勢に戻ったこともありました。たかだか16ページのミニコミでしたが、”尾鷲”という宇宙が詰められているだけに、編集そのものは楽しいものでした。最終編集を、プロのデザイン会社に依頼していたので、データ編集といっても素人の手習いですが、記者の尾鷲愛がこめられた記事には、それぞれの命が吹き込まれていました。

それでも、owasebonは終刊します。
廃刊という表現は、廃れる気分で嫌です。
どうでもいいことですが、ひっそり終刊です。
もうこれ以上、どうしようにもありません。

私の妻も記者をしていた時期があって、”ハナジャコ”の愛称でした。彼女自身は、記事を書くことは苦手なようでしたが、取材は大好きでした。尾鷲の魚を題材に取材をしていましたが、いつも絶妙なよそ者の視点で、どんな取材先でも人と仲良くなってきました。また、取材から帰ってくると、「もらっちゃった」って笑顔で、”ガランドウ”や”ハバ”を手にしていました。owasebonの記者っていうのは、こういう取材の楽しみもあったはずですし、そこで繋がる人と人は、大きな財産でもありました。だから、地域のコミュニティ誌として確立できていたと思います。

こういった活動がおもっしょいと思え、そしてそれなりの活動が継続できるスタッフさえいれば、owasebonは細々とでも続いていたでしょう。しかし、1人1ページを責任編集でつくっていくowasebonは、圧倒的に”人”に頼る部分が大きいのです。それは、記者と写真家と編集者でつくっていくのとは違い、全てを1人でこなせ、かつ資金調達や製本作業、各店舗などに配布の活動も求められるのです。もちろん、私たち素人でも十分にできる範囲なのですが、あとに続くものがでなかったのは、多くの意味でも残念なことです。ほかのやり方だと、owasebonは残せるかも知れませんけどね。

この地域では、雇用された職員がつくるコミュニティ誌や関連誌が豊富です。私の側にもいくつかありますが、クオリティも高く、内容もそれなりにおもっしょいです。私がやりたかったことが、すべて職員さんたちの”仕事”として発行してくれています。大いに違和感もありますが、owasebonのように民間が手を出すには、時期尚早な地域かも知れません。それでも、2005年5月に創刊し、2012年3月で第41号を飾る目処がついたのは、これら職員さんの仕事ではできない仕事でしょう。

ここに、民間のおもっしょいがあるのです。
それが、この地域の尾鷲でできていたのです。

ま、終刊しますけどね

できれば、owasebonを登竜門として、そこで満足できない人たちで、本格的なリトルプレスを発行することが、私の最終目標でした。県域を超えたコミュニティ誌は、まさに民間でしかできないことだからです。それができてこそ、各県にまたがる世界遺産の魅力を伝える本質になったはずです。さらに、英訳版も発行して、素朴な日本の精神文化を海外に伝えてみようとも巡らせていました。

ま、かなり先の夢になっちゃいましたけどね。
私は、叶えられない夢は見ないので、これは幻しです。

本当の終刊は、第41号を発行し終えたあとですので、この段階での発表は、まさに時期尚早ですね。そこに、ちょっとした未練を感じ取っていただければ幸いです。だって、寂しいですもの。

この寂しさは、ボディブローのように効いてくるかな?

by kurage874 | 2012-02-21 03:46 |  owasebon制作委員会
owasebon第41号の編集会議
本日、20日(月)の19時半より、キタガワノホトリにおいて編集会議をします。

尾鷲イタダキ市とタイアップした第40号は、大幅に遅れていますが印刷に入っています。今月には製本した形であがってきますので、配布だけはよろしくお願いします。

また、この第41号で、大きな区切りになる予定です。

2005年5月に、この尾鷲で登場した無料のミニコミ誌でしたが、その役目を終えようとしています。それは、発展的な解消ではない気もしますが、私の力不足が大きいです。まあ、それも明日決まります。もちろん、あとに繋ぐ方がいれば、私も全力で支援なり、応援はします。

私にとって、そういう潮時を感じます。

by kurage874 | 2012-02-20 00:44 |  owasebon制作委員会
【熊野レストレーション】大泊海水浴場復活!プロジェクトの報告
なにかの参考になればと、記録しておきます。

■活動期間
 2012年2月11日(土)~17日(金)

■活動時間
 8時半 受付開始
 9時 作業説明
 12時 昼食休憩
 16時 活動終了
 17時 撤収

■参加者(名簿上)
 11日(土) 90名+9名(IVUSA先発隊)
 12日(日) 46名+9名(IVUSA先発隊)
 13日(月) 9名+9名(IVUSA先発隊)
 14日(火) 3名+約50名(日韓青少年共同ボランティア)+117名(IVUSA)
 15日(水) 11名+117名(IVUSA)
 16日(木) 15名+117名(IVUSA)
 17日(金) 12名+117名(IVUSA)
 合計 713名(目標は延べ800人)
 ※地区からの参加者は名簿上にない方もいます
 ※直接参加された方もいたようです

■チェンソー講習会
 11日(土) 受講生9名
 13日(月) 受講生2名
 16日(木) 受講生1名

■活動内容
 ・流木を2ヶ所に集積
 ・流木以外を分別集積(鉄、ビン、可燃ゴミ)

■会計概算
・収入
 自己資金 20,000円
 協力金 30,000円 ※1団体
 支援金 15,000円 ※2名
 チェンソー講習会費 36,000円 ※1人5千円
 チェンソーレンタル代 6,000円 ※1台2千円
 小計 107,000円

・支出
 看板作成費 1,000円
 ポスター印刷費 1,000円
 はがき印刷費 7,500円 ※見込み
 チェンソー講習会講師料 22,000円 ※4名分
 チェンソー講習会消耗品 21,000円 ※ソーチェン、植物性オイルなど
 IVUSA食材支援 20,000円 ※食材にて提供
 謝礼 17,000円
 交通費 10,000円 ※ガソリン代
 郵送料 7,500円 ※見込み
 小計 107,000円

■主催
 大泊海水浴場復活!プロジェクト実行委員会

■後援
 熊野市、三重県

■協力
 大泊区、国際ボランティア学生協会(IVUSA)、熊野レストレーション

■スペシャルサンクス
 四日市市のUさん他 古コンパネの提供(一輪車道に使用)
 熊野市内の各小中学校 一輪車のレンタル
 熊野市社会福祉協議会 一輪車のレンタル
 ボランティアベース和 一輪車・テミのレンタル
 御浜天地農場 キャタピラ運搬車・一輪車・テミなどのレンタル
 尼崎市のHさん お菓子の差し入れ
 熊野市のKさん お菓子の差し入れ
 熊野市のMさん お菓子の差し入れ
 熊野市のKさん 協力金の提供
 熊野市のKさん 支援金の提供
 熊野市のHさん 支援金の提供
 大泊区のMさん 集合・受付場所の提供
 地元大泊区のみなさん
 ※漏れがある場合はご指摘ください
 ※IVUSAへの支援は除いています
  ・IVUSAへの支援もありがとうございます(把握分)
   支援金(Uさん、Mさん)、水(Kさん)、野菜など(Kさん)、カップ麺(Kさん)、米(Hさん、Iさん、Mさん、Mさん)、自炊支援(Mさんほか)

■完了写真
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■活動前写真
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2月8日撮影


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2月8日撮影


あらためて、ボランティアの力に感謝します。

■おまけ
大泊にも、地元素材を使った美味しい飲食店があります。期間中も、多くのボランティアがお世話になりました。
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北庄の定食


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磯甚のカツ丼


どちらも最高に美味しいですよ。

by kurage874 | 2012-02-18 10:06 |  熊野レストレーション
【熊野レストレーション】大泊海水浴場復活!プロジェクトの7日目(最終日)
まずは、皆さまお疲れさまでした。

名簿上は12名の参加でした(学生除く)。
集計はあとで精査したのちに報告します。
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今日の作業は、集大成のようでした。
IVUSAしかできないような、細かな作業でした。
誰もしたがらないような作業を、彼らは陽気にクリアしてきます。
彼らの集団性は、特異であるけど、貴重な”ワカモノ”の力です。
そういう力が、4日間も熊野に逗留していたのです。
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また、平日にも関わらず、毎日10人以上のIVUSA以外がエントリーしてくれました。これも嬉しい誤算でした。地元の高校生も、中学生も、大泊を目指してやってきてくれました。今日は、風が強かったけれど天気もよく、7日間のうち2日間が雨でしたが、最後は見事に晴れ渡りました。多くのボランティアが、ここを目指してやってきれたことに、ただただ感謝するばかりです。
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作業は午前中だけで、正午を目処に閉会のセレモニーを開催しました。IVUSAが全て企画運営し、あの忙しい時間のなかで、あれだけのアトラクションをこなしていきました。大泊区の住民も多数参加してくれて、親子丼もカレーもうまきってったのが忘れられません。ちなみに、カレーの肉は、松坂牛のスジ肉でした。やっぱりうまきってった。
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1時間半ほどで、セレモニーは終了しましたが、IVUSA副代表で、今回のリーダーである西夏希さんの挨拶も印象的でした。サブリーダーだった川上さんも、裏方として、またIVUSAのイジラレキャラとして、大変な責任を全うしたと思います。学生をまとめていくのは、1人ではできないことなので、数多くの先輩や後輩が、リーダーたちを支えていたことでしょう。

この期間中、大きな怪我も事故もなく、またチェンソーが15台以上稼動しているなかでも、大きな問題は発生しませんでした。この結果が、私にとっては一番の自慢で安堵感がでる事実でもあります。1週間という連続ボランティアは、いろいろな出来事もありましたが、多くの皆さんに支えていただきました。また、今後の挑戦にもまたハードルがあげられそうな気もします。
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IVUSAも撤収し、借りていた資機材も撤収したあと、人気のない大泊海水浴場にたたずんでみました。ここで、7日間も、多くのボランティアが作業をしたのかと思うと、次への活力が湧いてきました。来る人は、どんなことがあっても来るし、来ない人は、来れない理由を探してでも来ないものです。それがボランティアの良いところでもであるので、やはり来れた人だけが、私と一緒の感覚を得られるのかも知れないと感じたところです。

3月には、紀和町小船で梅まつりが開催されます。
ここも、IVUSAとの合同マッチになります。
もちろん、皆さんの参加も頼りにしています。

そして、この一連の活動が、きっと将来の力になるはずです。

7日間、どうもありがとうございました。

by kurage874 | 2012-02-18 00:37 |  熊野レストレーション
【熊野レストレーション】大泊海水浴場復活!プロジェクトの6日目
いよいよ架橋です。

今日から曇になりました。
朝は冷たい風が吹いていました。
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午前中だけ参加できたので、13名の参加者を受け付けたあと、9時に作業を指示を出して現場に行きました。チェンソーは4台、今日はチェンソー講習会も実施したので、3台が稼働しました。このイベントでも、チェンソーの有益性が実証された形となりました。
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片付けも順調に進み、細かな作業となっています。あとは、砂を掘り起こして流木を取り出したり、大木をロープで引っ張ったりと、IVUSAでしかできないような作業が続きます。チェンソーもほどよく参加していますが、午後には大方の切りが終ってしまったようです。
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それにしても、IVUSAの行動力には脱帽です。僅かな資機材もものともせずに、基本手作業で片付けていきます。流木の山を見てわかるように、この6日間で途方もない量が集まりました。今日は、地元の女子高生も参加をしてくれて、よい経験になったと感じています。まずは、現地をのぞきに来ればわかります。
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明日は、午前中のみの作業になりますが、正午には、IVUSAによるセレモニーがあります。アトラクションや無料の振る舞いもあるので、多くの参加をお待ちしております。少なくとも、117名の学生が、熊野に惚れて参加をしてくれました。もちろん、一般ボランティアについても、多くのリピーターで支えられてきました。そういった感謝の気持ちを、IVUSA側から演出するということです。
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明日もよろしくお願いします。

※おまけ
災害チェンソー講習会も開催しました。
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入門の入門ですが、チェンソーを安全に使用する導入になります。
まずは、ここからだと感じています。いまはね。
次回も、何らかの場面で企画します。

by kurage874 | 2012-02-17 00:21 |  熊野レストレーション